プロローグ2

「ココロ先輩!」


部活の帰り道で背後から名前を呼ばれ、歩いていた足を止めて振り返る。すると、私の名前を呼んだであろう私より小柄な剣道部の後輩が息を荒くさせて私の元へと走り寄ってきた。部活の後輩は私の目の前まで来て荒れに荒れている呼吸を整えようとしているのか深呼吸をして、そして何かを決心したように私を見据える。


「あ、あの、一緒に帰りませんか…っ?」


そう私に言ってから恥ずかしくなってしまったのか俯いてしまう後輩。私は虚を衝かれたようにぽかんとしてしまった。小柄な後輩がまた一回り小柄に見えてしまい、私は自分の頭を掻く。


「い、いいけど…」


私がそう言うと後輩は顔を勢いよく上げ「本当ですか!」と心底嬉しそうに言った。そこまでされちゃうと私はどうしたらいいのかわからなくなってしまうではないか、と少し照れくさそうに満更でもなさそうに「本当よ」と笑ってみせる。
後輩はとててと小動物のように私の隣に並んで同じく笑う。それを見て私たちは再度帰路についた。隣にいる後輩の歩幅に合わせて歩いて行く。


「それにしても急だからびっくりしちゃった。私と一緒に帰るためにわざわざ走って来てくれたの?」


「せ、先輩はわたしの憧れですから!一緒に帰ってくれるだけで嬉しいんです…っ」


まったくこの子はかわいいことばかり言っちゃって!私は良い後輩を持ったものだ!
後輩の言葉に感動して私は後輩の頭を乱暴にわしゃわしゃと撫でてやる。後輩は嬉しそうに笑いながら「止めてくださいよ!」と言っているが、私は止める気などなかった。
そのまま私たちは世間話や部活の話をしながら帰り道を歩いて行く。時間の流れは早いもので、あっという間に自宅の近くの十字路まで来ていたのだ。


「あっ…と。私こっちの道だ」


「わたしはこっちですのでお別れ、ですね…」


残念そうにそう言ってまた俯いてしまった後輩の頭を今度は軽く撫でる。顔を上げた後輩に向かってにかっと笑って見せた。


「また明日、部活でね!」


「は、はい!また明日、部活で…!」


私が撫でた頭を押さえて手を大きく振って後輩は後輩の帰路を走り出した。私も手を振り、その背中を見届けてから私も私の帰路につく。
少し歩いたところで私の足は止まる。湧き上がる何かを抑え切れずに背負っていた竹刀を取り出す。


「っかー!今日の私も絶好調だったなあ!!」


その湧き上がる何かとは興奮だった。満面の笑顔で取り出した竹刀を振り回す。この道は人通りが少ないためよく一人でこうして抑えきれない興奮を出し切るのだ。
今日の部活も全勝無敗。この私ココロ様には向かうところ敵なしって感じね!
調子に乗っているということは重々自覚済みである。だからこの興奮は部活などで出さないように抑え込んでいるというわけだ。
ひとしきり竹刀を振り回した後、ふうと息を吐く。だがそろそろ退屈にもなってきた。自慢ではないがどこへ行っても何をしても誰と戦っても勝ってばかりで、退屈を通り越して憂鬱だ。
暮れかけている空を仰いで「あーあ」と言葉を漏らした。どうにかならないのだろうか。解決策なんてものは私の残念な頭では思い浮かぶはずもなくて。ふと竹刀を握っていない方の手で空へと手を伸ばした。


「誰か助けてよ」


囚われのお姫様みたいなことを言って、と私は自嘲気味に笑って「何を言っているんだか」と伸ばしていた手を下ろした。

――そんなときだ。


『古き英和の術と我が声によって今ここに召喚の門を開かん』


「えっ…?」


不意に聞こえた男の声に私は辺りを見回す。先ほども言ったがこの道は人通りが少ないため、見回してみても人らしき人はいない。
空耳か?
疲れているのだろう、とそう思うことにして竹刀を仕舞い自宅への道を歩こうとする。


『我が魔力に応えて異界より来たれ』


また聞こえた!
私はさっき仕舞ったばかりの竹刀を取り出して構える。


「誰?!」


大声を出してみても人がいないのは変わりがないため、その声はその通りに空しく響くだけであった。意味の分からない男の声は後ろや前、右や左から聞こえたのではない。上からだ。空の方からその声が聞こえてきたのだ。


「空…?」


再び空を仰いでみても誰かがいるわけもない。そもそも人が浮くなんて非現実的だろう。


『新たなる誓約の名の下にギヴァが命じる』


またまた聞こえた!
一体なんだというのだろう。私そろそろ幻聴が聞こえるようになってしまったのだろうか。明日になったら病院で診てもらおう。
それよりギヴァって言っていたけれど、名前だろうか。一体誰の?この声の男の名前だろうか?
疑問は生まれるばかりで私は竹刀を構えたままそこに立ちすくんでいた。私はどうしたらいいのだろう。


『呼び掛けに応えよ…異界のものよ!!』


その声を合図に私の周りに小さな光の弾が浮かんだ。触れたら割れてしまいそうなまるで風船のようなその光の弾が私を円形状に囲む。


「何、これ…!?」


ドキドキする。これはきっと恐怖のドキドキじゃない。これは――期待と興奮のドキドキだ。
すると私を囲んでいた光の弾は突然ぱちんと弾けた。同時に弾けた光の弾から眩い光が溢れて私はその光に目を開けられていられずにぎゅっと瞑る。


「きゃああああああ!!?」


珍しく女らしい声を上げた自分、と感動している暇もなくそのまま光に包まれた。



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