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財務担当へ強制異動させられ早数ヶ月。異動した当初は睡眠不足に悩まされていたが、いつの間にか上司の目をかいくぐって昼寝をする技術に磨きがかかっていた。
現在の私の悩みは、刻一刻と近づいてる月末精算。それと、思ったように進まない紙幣導入。そして最近頻発する私物の紛失。
月末精算はいつものことだし、紙幣導入に関しては、私がもっと頑張るだけだ。
問題は私物の紛失の方で。紛失以外にも私服が破られたり、ベッドにカエルを入れられたりと、地味に面倒な状況になっている。悲鳴をあげない私に、めげずにカエルをベッドインさせる犯人は、正体を隠すつもりがないみたいだ。同室の女子3人である。
私が財務担当に引き抜かれたことが発端となっているようだった。
今では、仕事に追われるくたびれたおじさん集団にしか見えない財務担当だが、それでも、外から見れば、エリート集団なわけで。そんな集団に、紙幣導入企画終了時までの期間限定とは言え、大した成果も残せていない私が引き抜かれたことが許せないらしい。
部屋の中でこそこそと会話され、おかしいなとは思っていた。しかし、仕事が忙しくて話し合う時間がとれなかった。すると、どうも私のその態度が、お高くとまっていると思われたようで、行為は次第にエスカレートしていった。
おかげで最近は、ベッドに入れられたカエルに驚くこともなく、素手でキャッチアンドリリースできるようになった。何をされても、人間、たいてい見ないふりや慣れでどうにかなる。
しかし、それではすまない問題が出てきた。
「あんたは、何枚官服ダメにしてるんですか!官服だってタダじゃないんですよ!次からお金取りますからね」
今月に入り、官服が無惨に切り裂かれること三度。毎度、適当な理由をつけて官服の支給申請書を出す私にジャーファル様がきれた。
ここまで来てしまえば、さすがの私もそろそろ対処しなくてはと思う。が、如何せん対処しようとしても時間もなければ情報もない。部屋には文字通り寝に帰っているだけである。さてどうしたものか。
ない頭をひねって出た回答は、部屋を移ること。私の今の部屋は、女子4人部屋。同室の子が、私に対して思うところがあるのだから、部屋を移れたら現状はどうにかなる。根本的な解決にはならないが、それが一番手っ取り早い。
寮住まいのため、部屋の移動は上司を通して行う。官服の支給申請書同様、『これ、お願いします』とジャーファル様に書類を持っていくと。
「何言ってるんですか。君、まだたいした成果も残せていないじゃないですか。部屋を移りたいなら、ちゃんと結果を出してから言いなさい」
私の甘えた願いはあっさり却下された。もっともだ。何も結果を出していない私の部屋の移動が叶うわけがない。というか、結果を出せていたら、こんなに事態にもなっていないわけで。
妙案つきた私は昼休みを利用して、侍女をしている難民仲間の女友達に相談することにした。
すると返ってきた言葉は、『ジャーファル様に迷惑かけるんじゃないわよ』。さすがジャーファル様ファン。私のことなんて二の次である。
それにしても、事情を知っていようが知らなかろうが、みんな私への対応、厳しくないだろうか。正論だからこそ身に刺さるものがある。
「何凹んでるのよ」
一丁前にしょげる私に、友人は言葉を緩めず言い放った。
「あの子達に嫌われるのも納得だわ。まぁ、私はシノに耐えきれなくなったら、カエルなんてまどろっこしいことなんてせず、すかした顔に一発入れるけど」
友人の発言にぎょっとした。同室の子が温厚派でよかった。私物が紛失したりカエルを仕込まれたりするくらいなんて可愛いものだ。一歩後ずさる私に『自業自得よ』と、友人は肩を竦めた。
「財務に引き抜かれてから、同年代との交流をほぼ断ち切り、まるで『あんたたちとは違うのよ』と言わんばかり。周りに喧嘩売ってるわね」
「交流を断ち切っているわけではなく、時間がないだけで…」
不可抗力じゃないか!と友人に主張するが、『単なる嫉妬に理屈が通るとでも?』と返されてしまった。
「シノ、あなた、同期の中では一番の出世頭なのに、その自覚もなく我が道を行くじゃない。そこもなにか気にさわるわね」
「出世頭、かなぁ?財務にいるのは一時的だし、あんまり出世なんて考える暇ないけどなぁ」
『そこが腹立つのよ』と友人は拳を握ってみせた。友人が出世に燃えていることを思い出し、慌てて謝罪した。見かけによらず武闘派の友人は侍女ではなく、武官の方が出世できる気がする。
「シノ、自分は大したことないみたいな態度はやめた方がいいわよ。自分を過大評価する人は軽蔑するけど、過小評価も鬱陶しいわね」
「いや、でも私何もできてないよ。もっともっと仕事で成果出さなきゃ」
「それは、財務担当官と比べてでしょ?同期の中では一番よ」
友人の言葉に困ってしまった。本当に、私は何もできていないのだ。貨幣は期間限定にするところから何も進んでいないし、私が発案した寺子屋企画は学問担当の先輩に投げ、まだ結果になっていない。私はもっともっと頑張らなくてはいけないのだ。
眉間に皺をよせる私に友人はため息をついた。
「とにかく、問題の子達、シノの同室の子なんでしょ。仕事にかまけて後回しにしておいたあなたが悪いのよ。ちゃんと話し合って解決しなさい」
彼女の言うとおり、放置していた私がいけないことは分かっている。ただ、楽な解決方法があるならそれをしたいと思ってしまった。
はっきりとお前のここが悪いと言ってくれる友人の助言はありがたい。流されるまま応急処置的な対応をするのではなく、どうすべきか自分でちゃんと考えてみよう。
「大切なものは私が預かっておくわよ?」
私のスッキリとした顔を見て、友人が『これでこの話は終わり』と雰囲気を一掃するように笑顔で提案してくれた。
「ありがとう、でも、大切なものなんて亡命中に全てなくなったしなぁ」
「まぁ、そうね」
お互い身一つで亡命してきたため、私物がほとんどない。大切なもの大切なものと呟いていると、今朝のジャーファル様との会話がふと頭に浮かんだ。
「あっ、官服預かってよ」
「は?シノ、どれだけ仕事好きなの。さすがジャーファル様率いる財務担当ね」
「いや、別にそんなに仕事好きってわけではないけど、ジャーファル様に『次の支給からあなたは有料です』とか言われちゃって」
『この前財布取っていかれちゃったんだ。だから次、官服ダメになったらジャーファル様に借金することになっちゃう』と笑えば、『さっさと解決しなさい、馬鹿』と叩かれた。
友人と話をし、随分と気持ちが上向きになった。直接的な解決にはならなかったが、今後の方針が決まり、私は足取り軽く財務担当部屋に戻った。
しばらくは官服を守りつつ、次の有休にでも同室の子達と話し合ってみよう。
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