20
『もっと頑張らないと』
『うん、分かってる、頑張るよ、私』
大きな私の言葉に小さな私が頷いた。
『そうよ、頑張らなきゃ認めてもらえない』
『大丈夫、もっともっと頑張るから』
小さな私は自身に言い聞かすように頷いた。
『もっともっと』
『もっともっと』
声がこだました。
『もっともっと』
『もっともっと』
「おい」
その声に私は眼を覚ました。
「ん?ヴィゴさん?」
「寝過ぎだ、そろそろ仕事しろ」
そうだ、昼食後に仮眠を取っていたんだ。机につっぷした時間からだいぶ経っている。ヴィゴさんに礼を言って、私は廊下に出た。
未だ覚醒していない頭のもやを振り払うべく、手洗い場へ行くことにした。
簡単に化粧を直しつつ口から零れるのはため息で。散々な夢だった。何が『もっともっと』だ。あんな夢を見るなんて思った以上に自分は追い詰められているらしい。自分のメンタルの脆弱さに嫌になる。
が、悩んでも仕方ない。結果が得られたらあんな夢をみることもないだろう。『さぁ仕事仕事』と私は財務担当部屋に帰るべく、来た道を戻った。
その途中で久しぶりの顔を見つけた。私が財務担当に移される原因となった『紙幣の有効性』を語った亡命仲間。現在造幣局勤務の男友達だった。見つけたのはあちらの方が早かったのか、私が気づいた時にはすごいスピードへこちらへと向かってきていた。
「シノさん、馬鹿じゃないんですか」
いきなりの台詞に私は驚いた。人気がないところに私を連れ込んだ友人は大層鼻息が荒かった。昨日の検討会議の場にしたっぱの彼はいなかったが、上司から私が何を提案したか聞いたのだろう。
「紙幣に関して僕がうさんくさいって言った台詞聞いてなかったんですか。おかげで昨日から上司の機嫌がすこぶる悪いんですが!どう責任取ってくれるんですか!」
目を見開いて私に迫ってくる友人。鬼気迫るものがある。造幣局局長の気分は相当斜めなのだろう。昨日の検討会議の場では冷静そうだったが、内心は大荒れだったらしい。あの場で、他の文官と違い、その苛立ちを欠片も見せなかった造幣局局長の忍耐に乾杯だ。
「いや、だって、ジャーファル様にあれよあれよと財務に引っこ抜かれてさ。それにあの時言ったけど、私、金貨の摩耗問題には紙幣が一番有効だと思う。それに、摩耗に限らずとも今後シンドリアに紙幣は必要だと思うよ」
そこは譲れない。
「だからって、性急すぎますよ。ものには段階ってものがあるでしょう」
「もうその段階にきてると私は思うよ。紙製の手形を使って取引している商人もいるじゃない。あれがちょっと万能になっただけだよ」
「万能になりすぎです。あれはお互いが信用のおける商人だと認め合っているから可能なだけで、見知らぬ人から紙製の手形を渡されたら鼻紙くらいにしかなりませんよ」
『鼻紙』ってそんな。なんという言い草。相変わらず丁寧な口調の癖に口が悪い友人だ。
「紙幣をちょっと万能と君は言いましたが、シノさんは万能薬だと言って一般人から差し出された見たことも聞いたこともない薬をほいほい飲むんですか」
「いや、私薬はちょっと」
友人にもぼこぼこにされた。私のことを心配して言ってくれたと思うが、さすがに凹む。
部屋を出た時以上に浮かない顔で席に戻ったせいか、隣からヴィゴさんの視線をひしひしと感じた。しかし、言えるようなことではなかったので気づかないふりをした。
色んな人に心配をかけている。早く解決策を見つけなくては。
どうやったらこちらの世界の人の紙幣に対する心情的な不安を取り除けるのだろう。
いくら考えても、どんなに資料を調べても、そんなものどこにも答えはなかった。
頭の中で、先ほど夢の中で聞いた小さな私と大きな私の声がこだました。
『もっともっと』
『もっともっと』
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