それは駄目です!禁止です!




「次はこのゲームをやってみたいなと思って」
 絵麻が笑顔で指し示した雑誌の記事を見て、俺が絶句してしまったのも仕方のないことだと思うんだ。
「……そのゲームだけは……やめてくれ……」
「?」
 それでもなんとか絞り出した言葉に絵麻は首を傾げる。ああ、こいつは多分何も分かってない。俺の精神状態が黄色と赤の境界を今にも越えそうなことも、自分がやりたいと言い出したそのゲームがどういうものなのかも。知らずに無邪気な顔をしているに違いない。
 絵麻の指が掛かったままのその記事。それは、所謂【乙女ゲーム】と呼ばれる類ののそれだった。

 そもそもの始まりはアパートで二人、のんびり過ごしていた時のことだった。
 会話の中で自然と出てきたゲームの話題。オススメのゲームはないかとか、あのゲームはストーリーが良かっただけにシステム面が残念だったとか、そんな話をした。……彼氏彼女が二人きりでする話かって?うるさい。
 ゲームを語る絵麻は普段と違って情熱的だ。それでも小さな両手をぐっと握りしめ熱弁する様子はやっぱり可愛い。どこもかしこも、何をしていても可愛いなと心の端で考えながら、情熱的なゲーマーでもある絵麻の話に耳を傾けた。
 そしてうちの会社で開発してる新作の話をしていたとき、絵麻がこう言った。そういえば、うちの作品で気になるゲームがあると。
「絵が綺麗で、ストーリーもよさそうなんです!システムはあまり見たことのないものなんですが、面白そうで……」
「へぇ、なんてやつだ?」
「ええと……ちょっと待ってください」
 そう言って絵麻は立ち上がると、隅に置いていた鞄からその雑誌を取り出した。俺の横に戻りながら、ページをめくる。
(絵麻が興味を持つゲーム、か。アクションかRPGかそれとも……なっ!?)
 軽い気持ちで覗き込んでぎょっとした。その雑誌は、専門誌だったんだ。そういう、ゲームの。
「ああ、ありました!これです」
「おま……これ……」
「次はこのゲームをやってみたいなと思って」


 そして話は冒頭に戻る。
「大学の友達に、ゲームが好きな子がいるんです。その子にオススメされたんですけど……」
 やめてくれと絞り出した声は絵麻には届かなかったらしい。絵麻は雑誌に目を落としながら楽しそうに話を続けている。
 曰く、この雑誌はその友人とやらの所有物で、今は借りているのだとか。他にもその友人オススメのゲームが特集されているページに付箋が貼り付けてあるのだとか。
 そんな話は正直右から左へすり抜けて行ったが、聞き逃せないものもあって。それが、「このゲームに参加している声優さんの中に、梓さんがいるんです」という情報だった。
「……マジか」
「はい!ええと、梓さんは【メインヒーロー】?……を演じられるそうですよ」
 そう言ってにこにこと嬉しそうに笑う絵麻。その笑顔を見た瞬間、引きつっていた自分の顔が憮然としたものになった感覚がした。鏡を見なくても分かる。俺の顔には不機嫌ですと書いてあるだろう。
 絵麻の笑顔は【兄】である梓に向けられたものだと分かっている。純粋に、身内の仕事を喜んでいる顔だった。
 だが、沸き上がる熱は、嫉妬の熱は理解していてもそう簡単に消せるものじゃない。気付けば俺は、絵麻の手から雑誌を取り上げていた。
「えっ?」
「……」
「棗さん……?」
「……オマエ、このゲームがどういうゲームか分かってんのか?」
「えっと…RPG…ですよね?恋愛要素強めの」
 それも友人とやらの入れ知恵か!と思わず叫びたくなった。それをため息で押し殺して、俺は説明する。このゲームは恋愛要素強めのRPGなどではないこと。あくまでキャラクターとの恋愛を楽しむのが目的のゲームであって、むしろRPG要素がオマケでしかないこと。
 そして、付箋の下に隠れた【18禁】の三文字のこと。
 説明しながら自分でもますます渋い顔になっていくのが分かる。でも、堪えられなかった。たとえゲームであっても、メインヒーローが梓自身でないとしても。絵麻が梓に口説かれ、甘い言葉を囁かれ、あまつさえハグだキスだなんだと俺にだけ認められた行為をするだなんて!堪えられるはずがないだろ!
「……というわけで、絶対にそのゲームだけは駄目だ」
「は、はい……すみません……」
 絵麻はようやく己が手を出そうとしていたゲームについて理解したのか、顔を真っ赤にして目をうろうろさせている。心なしかそのでっかい目が潤んでいた。
 動揺やら怒りやら嫉妬やらで忘れていたが、絵麻は「そういうの」に疎い。赤ん坊はコウノトリが運んでくると信じているレベルよりはマシだが、年頃の女の子にしてみれば遥かに疎い方だろう。そういえばあの時も……いや、その話はやめる。
 何も知らなかったとはいえ、性的な表現を過分に含むゲームに手を出そうとしてしまったことに動揺しているんだろう。それと、ちらちらと寄越されるこの視線が言いたいところは、多分。
「あ、あの……棗さん」
「ん?」
「怒って、ます、か……?」
 やっぱりな。上目遣いに見上げてくる絵麻は眉を八の字にしている。そして、もう怒ってはいないと俺が口を開くより先に、こう畳み掛けた。
「わたし…棗さんのこと、ちゃんと好きですから!」
「うん……?」
「あの、その……う、浮気するとか、そんなつもりは全くなかったんです!ただ、面白そうなゲームだと思っただけで……!」
「分かった。分かったからとりあえず落ち着け、絵麻」
「二次元に好きなキャラクターはたくさんいても、三次元で好きなのは棗さんだけです!」
「っ!?」
 なかなか破壊力のあるその台詞に、俺は言葉を失った。そして、まだ何か言い足そうとしている絵麻を慌てて抱きしめる。
「分かった、もう十分だ……オマエの気持ちは分かったから……」
「でも」
「頼むから今日はもう勘弁してくれ!」
 これ以上聞いたらどうなるか分からない。うるさく響く心臓の音を聞きながら、俺は落ち着くために深く息を吐いた。
 乙女ゲームを禁止するのと同時に、いきなり破壊力のあることを言うのも禁止にしようかと、そんなことを考えながら。



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