恋は戦争 6




 美風 藍は思考する。ああ、彼は春歌のことが好きなんだ、と。

「後輩ちゃ―ん!ハグしようハグー!」
「へっ!?こ、寿先輩…!?」
「ああもう可愛い!癒されるなぁ……って、ぐふぅっ!」
「嶺二、てめぇいい加減にしろ……」
「ええっ、ちょ、なんでランランが止めるのさ!ぶ―ぶ―!」
「うるせぇ!本番前に騒いでんじゃねぇよ、集中できねぇだろうが!」

 たとえば、そんなやり取りの中に、彼女を想う気持ちが溢れていると藍は思う。
 説明はほぼ不要だとは思うが、春歌に飛び付きほお擦りまでやってのけた嶺二を、蘭丸が止めた。嶺二の魔の手から春歌を救い出したその姿は、まるでお伽話の騎士のようである。なおも「本番前の緊張を後輩ちゃんで癒したい」などと抜かす嶺二を右手ひとつで止めている。
 その顔には、確かに大事な本番前に騒がしくされて迷惑だと書いてあった。本人も口にした通り、そう思って行動しているのだろう。だが、藍にはそれだけとは思えなかった。

(ただレイジを止めるだけなら、あんな風にする必要はないよね)

 テーブルに頬杖をつきながら、観察する。悪漢の魔の手からお姫様を救った騎士は、その手にお姫様を抱き寄せたままだった。容赦なく嶺二の頭を掴む右手に比べ、春歌の肩に添えられた手はひどく優しげに見える。
 それは、嶺二がしつこくうるさいので離すタイミングを見失っただけなのかもしれないし、無意識の行動なのかもしれない。だが、その無意識こそが蘭丸の想いを如実に表していると藍は思う。
 女嫌いで有名な蘭丸が、女性を抱き寄せる。しかも手を離そうとしない。それだけでもうひとつの事件だ。集中できない云々だって、「嶺二が騒がしいから」集中できないのではなくて、「嶺二が春歌にちょっかいを出すのを見ていられないから」集中できない、の間違いだろう。
 頬杖をついていた手を変え、ため息をもうひとつ。

「ってか、ランランだってぼくと同じようなことしてるじゃんか!」
「あ?……!」

 あ、やっと気付いた。慌てて春歌から手を離し、何やら嶺二てめぇがなんのかんのと責任転嫁を始めた蘭丸を、藍は冷ややかな目で見る。

(分かりやすすぎだよ、ランマル)

 たとえばこんなやり取りの中で見せるそういった姿とか、本人も無自覚に春歌へ向ける淡く緩んだ眼差しとか、言葉の端々に見え隠れする優しさとか。出会ったばかりの頃と呼び方が変わったこととか、名前を呼ぶ声が最近甘くなったこととか。多分気付いていないのは蘭丸自身と春歌くらいなものだろう。

(まぁ、ボクには関係ないけど)

 藍はもうひとつ、ため息を重ねた。そうして仕方なく、嶺二と蘭丸に挟まれておろおろしている春歌を解放してやるべく、席を立った。



 黒崎蘭丸は考える。ああ、こいつ七海のことが好きなのか、と。

「ちょっと二人とも、いい加減にしてくれる?うるさくて仕方ないんだけど」

 そう言って藍が会話に加わった時、蘭丸がまず感じたのは違和感だった。藍がそうやってヒートアップした自分たちを呆れ気味に止めること自体はそう珍しいことではない。だが、何かがいつもと違っていることだけは確かで、そのことは微かに蘭丸をざわつかせた。
 真正面で何かをわめき立てる嶺二に一撃をくれてやった後、ようやく蘭丸はその違和感の正体にたどり着いた。それは、藍の立ち位置だった。
 藍は春歌をかばうように立っていたのだ。自分と嶺二、春歌との間に立ち、壁になっている。下ろした右手を軽く春歌を制するような形にしている藍を、蘭丸はSPのようだと思った。冷たい目線も一役買っている。
 気付けばたったそれだけのことだったが、続いて起こった事実はなかなかの驚愕を蘭丸にもたらした。

「君も、嫌ならちゃんと嫌って主張しないと。特にレイジはすぐ調子に乗るんだから」
「す、すみません…!」
「次、レイジに抱き着かれたら遠慮なくバックドロップを仕掛けること。まぁ、君ができなくてもボクがやるけど」
「ちょお、アイアイやめて!そんなことされたらぼくの魅惑の腰が!しんじゃうから!」

 言っておくが、その会話に驚愕したわけではない。嶺二の腰がどうなろうと蘭丸には関係ないし、至極どうでもいい話だ。
 蘭丸を驚愕させたのは、春歌に向けられた藍の表情だった。

(こいつ……こんな表情もできたんだな)

 正直、そう思った。アイスブルーの瞳が宿す感情は常に冷たいものばかりだと思っていたのに、今、春歌に向けられているそれは雪解けを思わせる。
 自分はあまり他人の機微に聡い人間ではない。だが、春歌へ向ける藍の目は、そんな蘭丸にもこう思わせるものを持っていた。

(こいつ、七海のこと好きなのか)

 すとんと降りてきた考えは、事実であるかのように響いた。いや、恐らくそれは事実なのだろう。本人にあまり自覚はなさそうだと、いやに春歌と距離が近い藍に目をやる。無意識というやつは怖い。

(まぁ、おれには関係ないが)

 ちりりと脳を焼く何かは、うるさい嶺二の声のせいだと判じて、蘭丸はひとつ舌打ちを放った。



 美風 藍は思考する。ああ、彼は春歌のことが好きなんだ、と。
 黒崎蘭丸は考える。ああ、こいつ七海のことが好きなのか、と。
 けれど二人は知らない。自分が春歌を想っているという、その事実を。彼らはまだ知らないままだった。


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【知らぬは当人ばかりなり】




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