恋は戦争 5




 心友だからこそ、譲れないものもある。引き寄せた華奢な体、その優しい体温を感じながら彼は思った。彼女だけは絶対に、自分のものにしたい、と。

 海に行きたいと最初に言い出したのは、藍だった。それまでこちらから誘わなければ一緒に遊びに行こうとしなかった藍の言葉に、春歌と顔を見合わせてしまったのを覚えている。
 その反応をどう解釈したのか、嫌ならいいけどと拗ねたように言うので、慌てて賛成した。多分、表情に全開にして表したから伝わったと思うけれど、嶺二は藍の言葉が嬉しかった。春歌もにこにこと微笑んでいて、なんだか倍幸せになったのを覚えている。
 気のせいだったかもしれないが、予定を立てている時の藍もどこか楽しげだった。年下の友人と、大切な女の子と、そして自分。三人で過ごす時間はいつも楽しい。でも、計画を立てたその日はいつもより楽しい時になるだろうと、嶺二ははしゃぎだす自分の心を感じていた。

 が。



「解せぬ」

 思わずそんな言葉が出るくらい、目の前で繰り広げられる光景は納得いかないものであった。
 予定通り、朝早くに集合し、嶺二の運転で海へ向かった。助手席に春歌を乗せ、ごきげんなナンバーをカーステレオに流して。時折後部席から藍が色々と言葉を投げ掛けてくるのを受けつ答えつ流されつしながら、海に到着したのは二時間ほど前のこと。海開きにはほど遠い季節であるからか、白砂の海岸に人影はなかった。
 しばらくはいつも通りだった。踏み締める度にきゅうきゅうと鳴る砂にはしゃいでみたり、波打際をひたすら歩いたり。波の音に耳を澄ませ、ああ、またいい音楽が降ってきそうですと嬉しそうにする春歌に可愛いなぁなんて頬を緩ませたりしていた。

 うん、いつも通り。完璧にいつも通りだったはず。それなのにどうして今、アイアイと春歌ちゃんが見つめ合っている場面を見せ付けられているんだろう。
 わ―、アイアイったら手なんか握っちゃってダイタン!春歌ちゃん困ってるみたいだけど困った顔も可愛いぞ!ドラマか映画の一場面みたいだな―。ここにカメラがあったら余すところなく撮影するのに!あ―なんで今日に限ってカメラ忘れてきちゃうかなぼくは――。

「って、ちが――――う!!」
「ひゃ!?」
「レイジ、うるさい。せっかくいいところだったのに」
「いいところ!?」

 声がひっくり返った。嶺二同様に動揺している春歌は顔を真っ赤にさせているというのに、当事者である藍は涼しい顔をしている。むしろ、叫びを上げた嶺二に対してそれはもう冷たい目を送っていた。

「邪魔しないでくれる?ちょっと黙ってて」
「いやいやいや、黙ってなんかいられないよ!アイアイ今何しようとしてたの!」

 嫌な予感がするのは自分だけだろうか。春歌の手を握りしめたまま、藍はひとつため息を吐く。嶺二は、「演技練習だよ」とか「ドッキリだけど」とかそんな台詞を(嫌な予感に苛まれつつも)期待した。だが、残念ながら予感というものは嫌なものに限って当たってしまうもの。
 そして藍が口にしたのは、

「何って、愛の告白だけど」

 という一言だった。

「えええええっ!?」
「はい、嫌な予感大当り――――!!」
「そういうわけだから、レイジ、ちょっとあっち行っててくれる?空気読んでよね」
「いやいやいや、空気読んでないのはそっちでしょアイアイ!ぼくがいる目の前でおっぱじめようとしたのはアイアイだよね!?」
「雰囲気を感じ取ったなら静かに消えてくれればいいのに。それとも、何?ボクが春歌に告白して何かいけないことでもあるの?」
「ぐっ……」

 いけないことなら大有りだ。読める空気も読ませてもらえないまま他人の愛の告白を聞く羽目になる精神的ダメージとか、いたたまれない感じとか。その告白を聞かされる春歌だってどうしていいか分からないだろう。愛の告白は羞恥プレイじゃないんだから!好きだというならもっと考えてあげてよアイアイ!
 ざっとそんな考えが頭を駆け巡った。けれど、春歌の手を握っていた藍が、その手を春歌の肩に回した瞬間。

「――っ!」
「こ、寿、せんぱい…?」

 動いたのは口ではなく、足と手だった。春歌を引き寄せ、抱きしめる。さくり、と足元で音がする。

「悪いけど、それはちょ―っと見過ごせないかな……」
「……」
「ゴメン、アイアイ。それだけはダメ。絶対ダメ」

 心友だけど、一緒にいる時間は楽しみたいけど、……応援だって、したかったけど。この子が相手というなら話は別だ。
 嶺二は抱き寄せた春歌の背後に回り、その両耳を塞ぐ。無駄な抵抗かもしれないけれど、こんな形で聞かれたくないことを言わねばならなそうなので仕方ない。ごめんね、と春歌の耳元で囁き、嶺二は藍を見据えた。

「やっぱり、そうだったんだ。カマをかけてみて正解だった」
「そっか、知られちゃってたのか……ぼくもまだまだだな」
「なんとなく、ね。……言っておくけど、ボクは本気だ。ずっとそばにいたのに何もできなかったヘタレレイジには渡さないよ」
「ヘタレって……ひどいなぁ。慎重派って言ってほしいな―、そこは」
「言葉を取り繕っても事実は変わらない。ヘタレイジ」
「ちょ、やめて略すの!呼びやすくなってて嫌だ!耳に残る!」
「ヘタレイジ、ヘタレイジ!」
「や―め―て―!」

 力を込めてしまったのだろうか。春歌が身じろぐ。

「あっ、と!ごめん春歌ちゃん」
「ボクは春歌が好きだ」
「このタイミングで!?自由すぎるよアイアイ!お兄さんもうツッコみきれない!」
「そうだよ、ボクは自由なんだ。だからレイジ」

 来る気がないなら、ボクは好きにやらせてもらう。
 藍の言葉に嶺二は言葉を失った。驚きもあった。衝撃でもあった。けれど、彼の中に生まれたものは、もっと違ったもので。

「……相手に取って不足無し」
「…………」
「心友割引は利かないよ、アイアイ」
「もちろん。いらない」
「ふふふ……よろしい!」

 嶺二がにやりと口角を上げれば、藍も好戦的な笑みを浮かべる。これは手強そうだと感じながら、嶺二は手の中にある温もりに集中した。
 彼女だけは絶対に、渡せない。譲れない。心友だからこそ、そう思う。
 そうして春歌の耳を解放し、しかしその体は離さず抱き寄せ。

「ならば、戦争だ!」
「きゃっ」
「レイジ!」

 高らかに宣言した嶺二は、春歌の頬にキスをひとつ、贈った。


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【譲るはずのない戦い】




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