恋は戦争 4
寿 嶺二という男はよく分からない。
彼は前時代的なセンスとうるさいくらいのテンションで今は廃れた言葉をそれはもう巧みに使いこなす男である。気付いたと思うが今の形容は決して嶺二を褒めてのものではない。むしろカミュは呆れている。
流行りに流されるまま生きていたのではこの世界でやっていけないことも重々承知しているが、それにしても嶺二の物言いは時代に合わない。それでも嶺二がそれなりに人気のあるアイドルのひとりとして地位を築いているのは確かな事実だ。そういう需要も、カミュには理解できないが、この世にはあるのだろう。全く理解できないが。
結局のところ、カミュは嶺二を大した障害だとは思っていない。見るべき部分がないわけではない、「アイドルは総合芸術」と表現し、それを体言する実力を無視しているわけでもない。
それでも、楽屋や会議室で率先して騒ぐその最年長とは到底思えぬ振る舞いを見て、思うところはいつも同じだ。ああ、またこいつは阿呆なことをやらかしている。こんな奴はライバルに成り得ない。
今思えば、それは嶺二の計算だったのだろう。周りの目を自分から逸らさせ、その隙に奪う。その華麗なやり口はまるであの大怪盗のようだった。今はそう、思う。
三日ほど前のことになる。
ユニットソングの最終的な詰めの作業のため、彼らは集まることになっていた。カミュと嶺二、そして春歌を含めた五名の集まりだ。
レコーディングルームへの道を急ぐ。前の仕事が少し押したため、予定の時間を少々過ぎてしまいそうだったからだ。この時、蘭丸と藍が似たような理由で遅れてくることを知っていたら。その時レコーディングルームにいたのが嶺二と春歌だとだと知っていたら。
あんな場面に遭遇せずに済んだかもしれないとカミュは思う。
様子がおかしいと気付いたのは、部屋の前に立った時だ。防音設備が完璧に整っている部屋のこと、中の音が外へ漏れ出すことはないが、それでも何かがおかしいとカミュは首を傾げた。いつもならば防音云々関係なく届くはずのあの騒がしい気配がしない。それをカミュはこう解釈した。
(寿がいないのか)
時間にだけは正確な嶺二が遅刻かと手元の時計を確認する。約束の時間を幾らか過ぎていたのに気付き、ドアを押し開いた。完全に、何の心の準備もしないまま。
「あっ!」
「あ」
「!?」
すまん、遅れた、と言うつもりだったカミュは室内で繰り広げられていたその光景に言葉を失った。
部屋の中央に二人は立っていた。それは嶺二と、春歌の二人だった。足元には楽譜が散らばり、何かが起こったということをすぐに理解する。
そして、殴りつけたくなるくらい平然とした嶺二の腕の中に、春歌はいた。これ以上ないほど、顔を真っ赤にさせて。
「寿……貴様」
「おっと、ミューちゃん勘違いしないでね―?ぼく、バランス崩して転びそうになった後輩ちゃんを支えてあげただけだから!ねっ?」
嶺二がいつもの調子でそう言うと、春歌はこくこくと頷いた。必死、とも言える様子だった。なんでもありません、とか細い声がカミュに届いた時、彼の中に生まれたのは怒りだった。
「なんでもありません」だと? 何もないわけがないだろう! 転びそうになったところを助けられたくらいで、顔を赤くする人間はいない。そこまで動揺などするものか。寿に何をされたんだ、春歌!
「いやだなぁ!ぼく、何もしてないよ?」
腕の中に閉じ込めたままだった春歌をそっと解放し、嶺二は言う。明るい物言い、普段通りの涼やかな顔。けれど、その裏にある何かがカミュにこう思わせる。
(何故こいつを無害だと、取るに足らん奴だと思っていた!とんでもない話だ)
楽譜を拾う春歌を手伝い始めた嶺二がふとカミュを見据えた。スッと目を細め、彼は笑う。その顔は、三枚目アイドルと呼ばれるおどけた顔ではない。
獲物に手を伸ばす、狡猾な男の顔をしていた。
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【アーセンは嗤う】
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