恋は戦争 3




「好きなんでしょ、七海春歌のこと」

 それは、青天の霹靂とも言える一言だった。
 無論、カミュは体内に走ったその動揺を悟らせるようなへまをしなかった。今まさにコーヒーへと投入しようとしていた角砂糖を、いつもより少々高い位置から落としてしまっただけのこと。ぱしゃりと優雅でない音を立ててしまったが、許容範囲だろう。彼の真正面でパソコンをいじっている男はコーヒーをこぼすとか、そういったことをしない限りこちらのことなど気に留めない人間だ。
 実際、その男(名を美風 藍という)はちらりとカミュに視線を寄越しただけですぐに興味を失ったかのようにパソコンへ目を戻した。そこでようやく、ほぼ真っ白だったカミュの脳内に思考が戻って来る。そうして最初に感じたのは、微かな怒りだった。

「何を言い出すかと思えば、俺があの小娘を? はっ、くだらんな」

 こちらを値踏みするような、観察するような視線を向けられたことも、こちらを微かとはいえ動揺させておきながら涼しい顔をしていることも、カミュは気に入らないと眉根を寄せた。
 発言の内容にしてもそうだ。取り柄と言えば曲を作ること炊事に洗濯家事一般、事務作業に気配りにまぁ見れなくはない笑顔とその程度の小娘を、何故俺が!

「言っとくけど、全部だだ漏れだから。しかもそれ罵ってるつもりなんだろうけどはっきり言ってべた褒め以外の何物でもない。あと砂糖いくつ入れるつもり?ああ、コーヒー味の砂糖を作ってたの?なら余計なお世話だったかな」
「――!」

 次々と繰り出される藍の攻撃に、カミュは言い返すことができなかった。いつもなら容易に働く口も、先程受けた衝撃がまだ残っているのか、上手く回らない。苛立ちが上ってくる。無意識に投入した角砂糖が何度目かの水音を立て、コーヒーに吸い込まれていく。真白なテーブルに染みを作った茶色の液体に、カミュは舌打ちを打った。
 藍はそんなカミュの苛立ちに気付いているのかいないのか、冷静に指をひらめかせているばかりだった。キーボードを叩く音が嫌に耳につく。

「認める気になった?」
「……っ、誰が!」
「ふぅん。あくまで認めないつもり、か」

 カミュが噛み付くように言葉を放てば、藍はゆるりと視線を寄越した。冷たいアイスブルーのその瞳に、浮かぶ感情は推し量れない。自分よりも年若い藍に優位に立たれているようで、カミュは苛立ちを募らせた。

「まぁ、認めないって言うならそれでもいいよ。むしろその方が好都合だから。春歌は、ボクがもらう。ボクは、あの子が好きだから」

 ああそうか、勝手にするがいい!そう言いたいのに、凍りついたように動けなかった。青天の霹靂の如く轟いたあの言葉、藍の告白、そして春歌を想ってのものか、ひどく穏やかに響いた声、表情、そういった要因がカミュの動きを奪ったのだ。
 何故俺は何も言い返せない、動揺と苛立ちの中で彼は思う。

(何故、正直にあの小娘への想いを口にできる美風を…!)

 羨ましいと思うのか。その答えを彼が知るのは、数日後のことだった。


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【a bolt out of the blue】




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