恋は戦争 2




 独占したがるくせに、距離を取る。周りには好きだと言って憚らないのに、本人には悟らせようとしない。幸せそうに笑ったかと思えば、苦しげに眉を寄せる。
 その矛盾した行動を見ているとどうしようもなく苛々する。何が望みなのかさっぱり分からない。それがただ見ていてもどかしいというだけでない、もっと複雑な感情から来るものだと気付いたのは最近のことだった。



「……え?」

 そうして動きを止めた嶺二の手から台本が滑り落ちた。かぁん、と背表紙が床を叩き、耳障りな音を立てて沈黙する。続けて訪れた静寂は空間に穿たれた穴のようにすべての音を吸収していった。
 目を丸くし、口を開けたまま立ち尽くす嶺二は瞬きの仕方も、呼吸の仕方すらも忘れて固まっている。そこまで嶺二が動揺を見せるとは思わなかったが、蘭丸はそこで確信を新たにした。やっぱりこいつは春歌のことが好きなのだと。
 蘭丸が言葉を重ねようともう一度口を開いた瞬間、嶺二がびくりと反応を見せた。慌てた様子で台本を拾い上げ、何事もなかったかのように笑ってみせる。

「あ―、びっくりしたぁ!まさかランランからそんな情熱的な台詞を聞くなんて思ってもなかったから、台本落としちゃったよ―」
「……」
「でも、そっか……最近後輩ちゃんに優しくしてるなと思ったら、そういうことだったんだ。うんうん、青春だね!」

 全く気付かなかったよ、とおどけた調子で言う嶺二に、苛立ちが上ってくる。きっとこいつはこのまま何事もなかったかのように話を流す。茶化した物言いでこちらを怒らせ、なんだかんだとうやむやにしてしまうのだ。そうしてすべてを誤魔化し、逃げる。
 そうは行くかと蘭丸は眉根を寄せた。別に嶺二が春歌を望まないというのなら、それでいいと思っている。ライバルは少ない方が有利なのは少し考えれば分かることなのだから。蘭丸にとって春歌は絶対に手に入れたい女だったから、こんな男に宣戦布告している暇があったら本人を落としに行くべきだと分かってはいて。
 それでも、言わずにはいられなかったのは、どっち付かずな嶺二が鬱陶しかったからだ。

「ああ、そうだ。おれは春歌のことが好きだ」
「……」
「だからあいつと一緒にいたいし、守ってもやりたい。幸せにしてやりたい」
「……ランランも男の子だったんだねぇ」
「ああ。もう決めた。てめぇみてぇにあいつから逃げたりしねぇよ」
「――!」

 嶺二の表情が歪む。彼はすぐに取り繕ったように笑みを戻したが、見逃してやるほど蘭丸は優しくない。

「好きだとか抜かして周りを牽制するだけで行動に出ない。近付いたかと思えば遠ざける。なんなんだ、てめぇは。何がしたいのかさっぱり分からねぇ」
「……」
「ムカつくんだよ、あいつとどうこうなりたいって明確な意思が見えねぇてめぇの行動が。鬱陶しいことこの上ない。ちょっとでもそんな意思を見せたら遠慮なく叩き潰してやれるっつ―のに」
「――ずいぶん、好き勝手言ってくれるじゃない」

 不意に、嶺二の声が冷えた。常に緩んだ光を宿すヘーゼル色の目を細め、蘭丸に視線を投げ掛けてくる。怒りとは違う、冷たいそれを蘭丸は真正面から受け止めた。

「そんなこと言ってさ、ぼくに何をさせたいのかな?ぼくを焚きつけてどうするつもり?」
「……」
「なんだっけ、遠慮なく叩き潰すだっけ。馬鹿だねランラン、きみは実に馬鹿だ」

 そう言って嶺二は大袈裟に肩を竦ませる。その芝居がかった動きに、蘭丸は表情を歪ませた。

「本当に後輩ちゃんを手に入れたいなら、ぼくのことなんて無視していればいいのに」
「無視できねぇほどてめぇの行動は鬱陶しいだよ」
「そっか、なら計算通りだ」

 本当はね、知ってたんだ。ランランが後輩ちゃんのことを好きだって、かなり前からね。だから、ぼくはああやって邪魔してたんだよ。気付かなかったでしょ?
 ぺらぺらと良く回る口だと思った。それに、だからなんだと言うのだろう。蘭丸は嶺二の台詞を一笑に伏した。

「何を言っても結局、てめぇはおれを牽制してただけなんだろ。それで優位に立ってるつもりかよ」
「……」
「あいつに向き合う努力を怠ってたてめぇは勝者でもなんでもねぇ」
「ランランこそ、まだ勝ったわけじゃないと思うけど?」
「あぁそうだ。ここがスタートラインだ。これからが本当の勝負だ」

 蘭丸は口角を吊り上げ、不敵に笑んでみせる。それを受け止めた嶺二の目には温度が感じられない。
 激しく燃える紅、冷たく見下ろす緑。交差したその二色が、静寂の中火花を散らした。


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【そして始まる、その戦いの名は】



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