恋は戦争 1




 右手に黒崎、左手にカミュ。二人のファンであれば気絶ものであろうそのシチュエーションで、彼女は思いきり困った顔をしていた。
 それもそうだろうと嶺二は苦笑いする。春歌は二人にかしづかれているわけでも、甘い言葉を囁かれているわけでもない。そもそも実際そんな状況にあるからと言って、春歌がファンの女の子たちのような反応を見せるだろうかと言えば答えは否だ。
 どうして黒崎先輩とカミュ先輩はわたしに対してこんなことをなさっているのでしょう……はっ、もしかしてこれは罰ゲームでしょうか!それなら納得です!といったような思考に陥り、違う意味で気絶するに違いない。このカシオミニに賭けてもいい。ネタが古いって言うな。

 かなり脱線したが、春歌が困った顔でいるのには勿論理由がある。蘭丸とカミュにそれぞれ手を取られているという状況であるのがひとつ、蘭丸とカミュが世紀の睨み合いと舌戦を繰り広げているのもひとつ。そして、何よりもその舌戦の内容が彼女の表情を曇らせていた。

「カミュ、てめぇ……さっさと春歌の手を離しやがれ」
「黒崎、貴様こそその汚い手を可及的速やかに離すがいい」
「はっ、誰が離すかよ。おれはこいつと約束してんだ。邪魔だから消えろ」
「妄想のしすぎでついに頭がいかれたか、春歌と先に約束をしていたのはこの俺だ」

 ばちばちと散る火花が見える。生まれてからこの方、比喩表現だとばかり思っていたその表現を蘭丸とカミュが実演していた。
 15分ほど前から成されているそのやり取りを、嶺二は部屋の隅で見守っているのだが、正直声を上げて笑ってしまいそうだった。二人とも小学生じゃないんだから、と笑い混じりに言ってやりたい。だがあえて会話には加わらなかった。打算的な理由があるのだが、まぁ、それはそれとして。
 嶺二は春歌に目をやった。ああ、可哀相に、あんな二人に目を付けられちゃって。蘭丸とカミュを止めない理由はあるが、困っている春歌を見ているのは素直に辛かった。
 あのままだと大岡裁き的な状況に転がりそうだと、蘭丸とカミュを睨みつけてみる。好きだって言うんなら好きな子を困らせちゃだめでしょ!勿論、口に乗せなかったその言葉が二人に届くわけはなく。

「約束だ?どうせまた甘いものを作れだの掃除しろ洗濯しろだのってこいつをこき使うつもりなんだろ?そんなん約束とは言わねぇよ。つぅかこいつをなんだと思ってやがる。……春歌、従う必要ねぇからな」
「貴様は馬鹿か。いや阿呆か。俺が春歌にそんなことをさせるわけなかろう。貴様こそ、新曲のアドバイスがどうのと言っていたが、下心が見え透いている。大方、レコーディングルームで二人っきりになるつもりでいたのだろう?……春歌、絶対に行ってはならん。孕まされるぞ」
「んだと!?やるかコラァ!」
「上等だ、かかってくるがいい!」

 ついに爆発した。二人とも一応、春歌の手を握っているという自覚はあるようで、春歌を巻き込むような行動には出ていない。だが、時間の問題のようにも思われた。

「く、黒崎先輩!カミュ先輩!喧嘩はいけません!」

 切実な春歌の声が響くが、二人は睨み合いを止めようとはしない。完全に戦闘態勢である。
 はぁ、と嶺二の口から重いため息が漏れた。あえて言おう。呆れていると。ラブが駄々もれであることについてはこの際置いておくにしても、当人をほったらかしにして威嚇しあうばかりというのはどうなのだろう。

(牽制しあうのは結構だけど、そんなんじゃいつまで経っても春歌ちゃんのハートはゲットできないのにねぇ)

 やれやれと首を振っていると、春歌と目が合った。わたしはどうすればいいですかとその視線は語りかけてくる。何かのきっかけで泣き出してしまいそうだ。菜の花色の瞳を覆う困惑を見た瞬間、嶺二は立ち上がっていた。
 ここまで来たら、もう見過ごせない。本当はもっと相応しいタイミングで助けに入って、自分に対する春歌の好感度を上げようなんてあざといことを考えていたけれど。春歌が泣きそうだというなら話は別だ。
 舌戦繰り広げられる戦闘地帯に足を踏み入れ、真っ先に目を向けてきた春歌にまずは微笑む。もう大丈夫だからと安心させるために。
 そして華麗に手刀を二つ落とし、春歌の手を解放させた。

「いっ、てぇ!」
「寿、何をする!」
「はいはい、喧嘩はそこまでね。やるならどこか余所でやってくれるかな?春歌ちゃんが困ってるでしょ」

 春歌の背中を引き寄せ、肩越しに注意すれば、二人は黙り込む。悪かったと小さな謝罪が聞こえたが、もう遅い。春歌が許しても自分は許さないぞと、春歌から見えない位置で嶺二は二人を見据えた。

「裁きを言い渡―す!二人とも、有罪!というわけで」
「……きゃあっ!?」
「春歌ちゃんはぼくがいただいていきまーす!」
「嶺二、てめぇ!」
「ふざけるな!」

 春歌の軽い体を抱き上げて、嶺二は入り口へ走る。背後から聞こえてくる声を完全に無視して、腕の中の春歌へ笑いかけた。ちょっと遅くなったけど、今日していた約束をこれから果たそうかと。
 そうして春歌が小さく頷いたので、嶺二は己の中にあった苛立ちが消えていくのを感じた。

(春歌ちゃんと約束していたのは本当はこのぼくだったんだよ!)
(それなのにあの二人は!)
(ああでももういいや!ぼくは寛大だから許してあげよう!)
(こうして春歌ちゃんを手に入れられたんだから!)


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