やさしさのはなし




 つきり、微かだが鋭い痛みが走る。完全に油断していた瞬間に襲ってきたその痛みに、絵麻は顔を歪めた。
 ちらりと隣を見遣れば、棗は時計で時間を確認しているところだった。少しだけほっとする。ぶっきらぼうでともすると冷たく見られがちな年上の恋人は、実はとても優しい。絵麻が月経から来る痛みを抱えていると気付いたら、きっと心配をかけてしまうだろう。
 絵麻は必死に痛みをこらえる。手の平を握り締め、足の指に力を入れて、波が引くのをただひたすら願った。
「絵麻?」
「は、はいっ」
 呼ぶ声に床から棗へ視線を移す。どうかしましたかと取り繕った笑顔は上手く機能してくれているだろうか。冷たさの昇る頬に意識を持って行かれた瞬間、棗が顔を近付けてきた。ずい、と音がしそうな勢いで。
「ひゃっ!」
「……」
「あ…あの…?」
 じいっと見入られる。棗が持つ瞳、その独特の光彩にすべてが見透かされるような感覚に陥った。目を逸らせない。
 不意に彼は手を伸ばしてきた。その武骨で大きな手が、絵麻の腹に触れる。柔らかな電流が走ったような気がした。びくりと身体が跳ねる。
「な、つめ、さん…?」
 棗は何も言わずに絵麻の腹に手を置いた。じわりと布越しに棗の体温を感じる。温かくて、心地好かった。
「多分、オマエのことだから」
 突然の行動と与えられる心地好さに困惑していると、棗はため息を吐いた。
「俺に心配かけさせまいとしてるんだろうがな」
「う…」
「オマエがそうやって耐えようと歯を食いしばってるの見る方がよっぽど心配なんだよ」
「す、すみません…」
「いや、俺の方こそ気付いてやれなくて悪かった。…こうしてたら…ちょっとは、マシか?」
「はい。あったかいです」
「そうか」
 棗は、ほっ、と今度は安堵のため息を吐いた。絵麻が知らずのうちに入っていた力を抜くと、腹に添えられた手はそのままに、優しく抱き寄せられた。包み込むように、体温を分けるように、大事に大事に抱きしめられる。痛みがさざめきのように遠のいていく。体内に停滞していた曇りを吐き出して、絵麻は棗に寄り掛かった。
「棗さん…ありがとうございました。もう、大丈夫です」
「ああ」
「あの…ひとつだけわがままを言ってもいいですか?」
「ん?なんだ?」
「棗さんがよければ、もう少しだけ…このまま、抱きしめていてください…」
「ああ、分かった」
 ほんのりと温かい腹に意識をひとつ向け、目を閉じた。そのまま眠ってもいいぞと優しい声が降ってくる。その声に絵麻は夢路の途中で小さく彼に微笑み返した。



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