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「お誕生日、おめでとうございます!」

 笑顔と一緒に差し出されたプレゼントを、ボクはぽかんと見つめることしかできなかった。嬉しいと感じていないはずはないのに、目の前の光景が上手く理解できなくて声も出ない。
 どうして春歌さんがボクの誕生日を知っているんだろう。どうしてプレゼントをくれるんだろう。今考えてみれば、すぐに答えが導き出されたはずの疑問が、その時はぐるぐると頭に渦巻いた。
 反応を示せなかったボクを見上げて、春歌さんは首を傾げる。ほんのり赤く染まった頬や唇、菜の花色の瞳が、今はボクだけに向けられていると理解した瞬間、心臓が喚き始めた。我ながら単純だけど、密かに想いを寄せている人が目の前に、それもかつてないくらい近くにいるのだ。仕方のないことだと思う。

「あの…薫くん?どうかしましたか?」
「あっ…えっと、ごめんなさい!なんでもない…です。ただ、ちょっと驚いて」

 どうしてボクの誕生日を知っていたの、そう口にしかけてボクは気付いた。

(ああ、そっか、知ってて当たり前だ。今日は…翔ちゃんの誕生日でもあるもの)

 くすぐったい想いを孕んだ疑問にすとんとシンプルな答えが落ちてくる。なんだ、ボクだから祝ってくれるわけじゃない、翔ちゃんの双子の弟だから彼女は祝ってくれるんだ。そう思った瞬間、喜びに跳ねていた心臓がズキッと痛んだ。

「薫くんの口に合うか分かりませんが、その…タルトを焼いてみたので、よかったら」
「……」
「薫くん?タルト、嫌いでしたか?」
「…ううん、好きだよ」

 なんとか喉の奥から絞り出した声は情けなく震えていたけれど、幸い、春歌さんには気付かれなかった。差し出された箱を受け取ったとき、触れた彼女の指は温かい。ボクの手がとても冷たくなっていたことを、その時になってようやく気付いた。



 丁寧にリボンの掛けられた白い箱に向き合う。切なく思うことも、寂しく思うこともあったけれど、タルトに罪はない。
 ぱかりと開いた箱の中にあったのは、色とりどりのフルーツが乗ったタルトだった。苺にラズベリー、ブルーベリー、ボクの好きなグレープフルーツも普通のものとピンクのものが乗っている。サイズは小さいけれど、それは宝石箱みたいだった。

「すごい…こんな、手の込んだ…」

 思わず感嘆のため息が零れた。店に出しても遜色なさそうな完成度のタルト。きっと、翔ちゃんも同じものを食べているんだろう。それも、春歌さんと、ふたりで。

「…翔ちゃんが羨ましい、なぁ」

 自然とボクは呟いていた。そのあと一人で食べたタルトは、甘くて甘くて、胸が苦しくなった。



 その日、ボクは久しぶりに翔ちゃんと会うことになった。ボクたちの誕生日の一週間後のことだった。

「はい、翔ちゃんプレゼント。見つからないって言ってた例のやつ、見つけてきたよ」
「マジか!え、ちょ、すげー!」

 当日にプレゼントの交換ができなかったから、今日こうして誕生日プレゼントを渡してる。ボクが翔ちゃんに渡したのは、翔ちゃんが今だに大好きな「ケンカの王子様」がリアルタイムで放送されていた頃、特集が組まれた雑誌だ。ファン垂涎の一冊と言われている号なんだけど、すでに廃刊になってしまっている上に発行数自体少なかった雑誌だったから、手に入れるのは難しいと翔ちゃんは言っていた。それをボクが手に入れられたのは、運がよかったからとしか言いようがない。
 それはもう嬉しそうに目を輝かせる翔ちゃんを見ていると、こっちも嬉しくなる。でもボクは、誕生日当日のことを思い出してしまって、上手く笑えなかった。

「翔ちゃんに喜んでもらえて嬉しいよ。でも、もっと良いもの、もらえたんじゃない?」

 口に出してから後悔した。翔ちゃんから直接話を聞いたら余計に傷付くに決まっているのに。失恋決定なのは分かっていたことだけど、とどめを刺される心の準備までは、まだできていない。
 でも、翔ちゃんは予想に反して、訝しげな目でボクを見てきた。

「もっと良いもの?どういう意味だよ」
「……だから、ほら…春歌さんに」
「ああ、そういうことか!うん、もらったぜ!春歌お手製のショートケーキ」
「え?」

 フルーツタルトじゃ、なくて?

「つっても、那月の分でもあったから、完全に俺のとは言えなかったんだけどさ」

 話を聞くと、翔ちゃんは早乙女学園時代の友達にお祝いをしてもらったらしい。四ノ宮さんも同じ日生まれだから、一緒に祝った。料理は聖川さんが担当して、ケーキは、そう、春歌さんが作った。

「あいつさ、俺らの中の誰かが誕生日迎えると必ずショートケーキ作るんだよ。苺がたくさん乗ったやつ。クリームとかもう、ほんと神業で、スポンジも一から手作りの本格的なやつでさ、かなりすごいんだぜ!」

 翔ちゃんは楽しそうに説明してくれていたけど、正直、あまり頭に入ってこなかった。あの日、春歌さんがボクにくれたあのタルトを思い出す。とりどりのフルーツが乗った、宝石箱みたいなタルト。どう考えても、ショートケーキを作るのとは勝手が違う。
 それに、翔ちゃんは言った。春歌さんは誰の誕生日にはショートケーキを作ると。必ず、ショートケーキを作ると。

(あ、れ?)

 顔が熱くなってくる。真っ赤になっているに違いない頬を意識しながら、ボクは考えた。どうして春歌さんはボクにタルトを作ってくれたんだろう。ボクにだけ、特別に。

(え、どうしよう…嬉しい、なんて、勘違いしちゃいそうだ)

 何度考えても出る答えはひとつだった。勘違いかもしれない、春歌さんが気まぐれを起こしただけかもしれない。でも、春歌さんがボクにだけ特別にタルトを作ってくれたという事実は、どうしようもなくボクを舞い上がらせた。

(期待…しても、いいのかな)

 菜の花色の目を優しく細めた春歌さんの笑顔が、脳裏をよぎった。




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 はい立った!薫春フラグ立ったよ!
 こんな感じで薫春は始まったら楽しいなぁと思います。薫くんお誕生日おめでとうー!


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