6月の雨を好きになるメソッド




「東京の6月は、時々寂しいです」

 鈍色の曇天を見上げて、彼はそう言った。



 梅雨入り宣言がされたのはつい先日のことだった。
 その知らせに呼応するかのように、6月に入った空は毎日泣いている。纏わり付くような湿気と張り付いてくる気温は人々を無口にさせ、また憂鬱をも運んでいた。雨のカーテンに霞む傘の群れに喜びはない。

 それは、メランコリックな梅雨の午後のことだった。それまで彼とどんな話をしていたかはあまり覚えていない。梅雨が明けたら遠出をしよう、彼の実家がある北海道へ旅行に行こう、そんな話をしていたことだけは覚えている。
 ぽたり、雨垂れのように小さく落ちたその言葉に、春歌は彼を見上げた。彼はその目を窓の外に遣っていて、春歌は自然と彼の横顔を見つめることになる。
 柔らかい、ミルクティー色の髪は湿気が強いからだろうか、どこか元気がないように見えた。レンズの向こうで細められた淡い色の瞳に浮かぶのも小さな陰りだった。

「雨は嫌いじゃないんです。雨の中をお散歩するのは楽しいから。ただ、…まだ慣れないだけ」

 彼の、那月の故郷は梅雨とは無関係の地域にある。6月でも透き通るように広がる空を知っている彼に、梅雨は余計に寂しく、憂鬱なものに感じるのだろう。
 しょんぼりと音をつけられそうな那月の様子を、春歌はしばらく忘れることができなかった。



 その日も天気は雨だった。日付が変わる頃は一時的に止んでいたが、朝になる頃、窓の外にはぼんやりと水のカーテンに包まれた景色が広がっていた。
 今日は晴れてほしかったと春歌はため息をつく。今日くらいは世界を初夏の日でいっぱいにしてほしかった。けれど、意地悪な梅雨は太陽を完全に覆い隠している。

(那月くんの大好きな日だまりがあったら良かったのにな…)

 ぱたぱたと窓を打つ雨を見つめて春歌はため息をひとつ零した。
 仕方ない、と言い聞かせて、春歌はソファーに置いてあった包みを手にする。天気を晴れにすることはできなかったけれど、このプレゼントでちょっとでも喜んでもらえたらいいな。ぎゅう、と黄色いリボンが巻かれた包みを抱きしめる。

 今日は、那月の誕生日だ。



 結局、夕刻になっても雨が止むことはなかった。那月の部屋で誕生日祝いの準備をしながら、微かな望みに空を見遣るが、やはり雨が止む様子は見られない。
 大量のプレゼントと共に那月が帰宅したのは夜の帳が落ちる頃のことだった。

「ただいま」
「おかえりなさい、那月くん。…プレゼント、たくさんありますねぇ」
「はい、今日はいっぱいお祝いしてもらいました。ほら!見てください、ハルちゃん」

 那月はにこにこと嬉しそうな笑顔で、可愛くラッピングされたピヨちゃんのぬいぐるみやマカロンの詰め合わせなどといったプレゼントを春歌に見せた。こどものようにはしゃぐ那月が可愛らしく、表情から楽しい一日だったのだろうと知れて、春歌も笑みを零す。彼は色んな人に愛されているのだと、春歌も嬉しくなった。



「那月くん。これ、私からです」

 お祝いのディナーを終え、幸せそうにソファーに身を預ける那月に、春歌はその包みを差し出した。

「僕に?」
「勿論です。遅くなってしまってごめんなさい」
「ううん、いつもらえるかなって、ドキドキしながら待つのも楽しかったです。…開けてもいいかな?」
「はい、どうぞ」

 春歌がそう口にしたと同時に、那月は包装に手をかけた。那月が嬉しそうに包装を解いていくから、なんだか落ち着かないような、くすぐったい気持ちにさせられる。
 喜んでもらえますように。那月くんのきらきらした笑顔が失われませんように。そう願いながら春歌は那月の隣に座った。

「わぁ…!」

 淡い黄色の包みから姿を見せたのは、彼が大好きなキャラクターのレインコートだった。

「ピヨちゃんレインコート!…あれ、でもこんな大きいサイズ…」
「はい、そのサイズはラインナップにありません。特注なんです」

 自身は気付いていないようだが、那月のピヨちゃん好きは業界の人間に広く知られている事実だ。ピヨちゃんグッズを扱う会社にもその話は伝わっていた。以前、新製品のCMの仕事を頂いた際にお世話になった人に駄目元で相談したところ、四ノ宮くんのためならば、と快諾を得られた、という背景があったりするのだが。
 早速、レインコートを身につけているはしゃいでいる那月を見ていると、言わなくても良いかな、と思った。

「那月くん、実は…私も同じものを買いました。私のは既製品ですけどね」
「そうなの?じゃあ今度、雨のお散歩しましょう!」
「はい、ぜひ!」
「ふふっ、雨の日が楽しみです!」

 よかった、喜んでもらえた。
 春歌には雨を晴れにする魔法は使えないけれど、雨をちょっとでも好きになれる手伝いはできる。6月の雨を寂しいと言った那月が寂しさを感じなくなるように、手を繋いでお散歩したいな、春歌はそう思った。




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 なっちゃん誕生日おめでとう!


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