振り返る




 彼は、わたしにはじまりをくれたひとでした。

 毎朝欠かさず見ていた番組から、わたしは一日頑張ろうと思える元気をもらいました。躓きそうになる度に彼の笑顔に励まされました。泣いた日も彼が出演する番組を見れば、いつの間にか涙は引っ込んでいて、哀しみもその原因も、忘れることができました。
 彼という存在を知るまであまり人と係わることのなかったわたしにとって、それは確かにはじまりだったのです。人は人に救われるということを知るきっかけであり、他人の存在というものはこれ程までに力をくれるものだと、わたしは初めて知りました。
 作曲家になるという夢も、自分を変えるための勇気も、彼からもらったものです。今わたしがここに作曲家としてあるのも、HAYATO様という綺羅に輝くアイドルがいなかったら、有り得ない未来でした。



 そして彼は、わたしにおわりをくれた人でした。

 おわり、と表現するとあまり良くない印象かもしれません。でも、彼がくれた「おわり」は決して悪いものではありませんでした。
 夢と憧れを抱いて入学した早乙女学園で、わたしは彼に出会いました。彼の顔を初めて見たとき、とてもとても驚いたのを覚えています。だって、憧れのアイドルだったHAYATO様にそっくりだったんです。テレビの向こうの存在でしかなかった人が目の前に現れたら、誰だってびっくりしてしまうでしょう。
 そのときは否定されてしまいましたが、彼は、一ノ瀬トキヤは、HAYATO様本人だと後に知ることになったのですが、それはまた別のお話です。
 そうして出会った彼に、わたしはHAYATO様にいただいたものと同じくらい…いいえ、それ以上のものをもらいました。決して妥協しないプロの姿勢、努力を惜しまず、自分にプレッシャーを与えることで常にハイクオリティーなものを生み出していく技術と情熱。
 それは身につけるに簡単なものではなく、厳しいものでもありました。でも、それは夢を現実にするために必要なものばかりでした。そういったものを、わたしは彼から学んだのです。
 さっき、わたしは「彼はわたしにおわりをくれた」と言いました。それは、こういった背景があっての言葉です。夢を夢で終わらせない、憧れを越えてわたしは「作曲家になる」という夢を叶えました。…まだまだ、駆け出しではありますけどね。
 トキヤくんは、夢を見ていたわたしを起こして、その夢を現実にしてくれたひとなのです。星に願うだけだった夢の終わり、それは叶えた夢の始まりです。何かの終わりは何かの始まりと言いますが、そのおわりとはじまりを、トキヤくんはわたしにくれました。



 HAYATO様がいなければ、今わたしはここにいなかったでしょう。トキヤくんがいなかったら、今のわたしはここにいません。どちらも、わたしの大切なひとです。
 …同一人物のお二人をどちらも、と言うのはおかしいでしょうか。でも、事実ですから仕方ないですね。

 ああ、そうだ。夢を夢のままで終わらせないというおわりをくれたトキヤくんにもらった「はじまり」があります。「はじめて」と言ってもいいのかもしれません。
 わたしのはじめての恋、愛のはじまりを、彼はくれました。悲しいことも苦しいこともたくさんあったけれど、トキヤくんがくれたはじめての想いは何にも変え難い大切なものです。
 ねぇ、トキヤくん。はじまりとおわりをくれたわたしの恩人さん。優しくて格好良くて、素敵なわたしの恋人さん。これからは私が貴方に良い意味でのはじまりとおわりをプレゼントできたらと、少しおこがましいかもしれませんが、そう思うのです。

 だから、ね。これからも、どうか傍にいさせてください。あなたがくれたこの想いを、いつでも伝えられるように。




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恋する動詞111
107.振り返る(トキ春)

thanks/確かに恋だった


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