12/30 セラフェリ(アルカナ)



・セラがお嬢にプロポーズしたようです


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「そんな顔をさせたくて、言ったわけじゃないんだが」

 そう言ってセラは困ったように笑った。私だってセラにそんな顔はさせたくない。大切なひとだから、何の憂いもない笑顔でいてほしい。けれど、だめだった。
 セラの言葉をきっかけに生まれ、瞬く間に私の瞳を覆いつくした涙は重力に従って落ちていく。次々と石畳に吸い込まれていく。早く応えなければと焦れば焦るほど、私は悲しくて泣いているんじゃないのと伝えようとすればするほど、涙は勢いを増した。
 止めようとしても止まらない。肩が、喉が震える。顔を手で覆って涙を止めようと思ったけれど、効果はなかった。

「フェリチータ……」

 セラが靴音をひとつ響かせて私の目の前に立った。その声は呆れているようにも困っているようにも、優しく待ってくれているようにも思えた。
 応えたい。早く伝えたい。セラがくれた言葉に目一杯の感謝と想いと喜びを込めて、セラが好きだと言ってくれる笑顔で言いたい。なのに、私の口は言葉を失ってしまったかのように働かなかった。出てくるのは言葉にならない嗚咽ばかりだった。

「……っ、う……っく」
「無理に話そうとしなくていい。君がどう思っているかはわかっている。大丈夫だ。……ただ、そうだな」

 そう言って、セラは私の手に触れた。そっと、手を外される。覆いが無くなかった視界は眩しかった。思わず目元を歪めてしまう。
 ああきっと、私は今ひどい顔をしているに違いない。涙でぼろぼろの、ひどい顔だ。けれど光の中で微笑んでいたセラは、ちゅ、と私の目元にキスをしてくれた。そっと肩に手を置いて、泣いたこどもをあやすかのように、私を落ち着かせてくれる。
 それでも私は言葉が出てこない。何年も前に私とセラが想いを交わしたあの時のように、私は何も口にすることができなかった。大丈夫だとセラは言ってくれたけれど、このままじゃダメなのだ。想いは口にしなければ届かない。もたもたしていたらすれ違ってしまうかもしれない。
 焦りながらセラを見上げると、彼は再び、無理はしなくていいと微笑んでくれた。少しだけ、寂しそうに。心細いと言いたげに。

「だが……俺は自惚れているだけかもしれない。君の返事を自分に都合良く解釈しているだけかもしれない」
「あ……」
「嫌、だったか?」
「……っ!」

 嫌なわけない。セラがくれたのは、私がずっと求めていた言葉だった。必死に首を横に振る。セラは少し安心したように表情を緩めた。良かった、とつぶやいたのは聞き違いじゃない。やっぱり不安にさせてしまっていたのだと胸が小さく痛んだ。何をやっているんだろうと自分が情けなくなる。一度目を閉じた。少しだけ、余裕が戻ってきた気がした。今ならきっと言える、そう思った。
 すう、と大きく呼吸する。涙はまだ残っていたし喉も震えるけれど、伝えたいという想いを力に変えて、私は口を開いた。

「……セラ、」
「……」
「あのね……」

 肩に掛かるセラの手が、微かに震えた気がした。緊張してるのかな、私の答えはとっくの昔に決まっていて、それをセラは予想していた様子だったのに。
 そう思うと、なんだかおかしくなってきて、私は小さく笑ってしまった。

「フェリチータ?」

 セラが私の顔を覗きこんでくる。澄んだペリドットに私が映り込んだ。

「……さっきの、返事はね」
「……」

 ああ、そんな顔をしないで。セラにそんな顔をさせたくて、言葉を紡いでいるんじゃないの。セラ、わかっているって言っていたじゃない。私があなたのプロポーズを受けるって、断るはずなんかないって、わかっているから大丈夫だって、言ってくれたじゃない。
 でも、そうだね。想いは口にしないとちゃんとは伝わらないものだから。

「……返事は、Si、だよ」
「そ、れは……」
「私を、セラのお嫁さんに……してください」

 よかった、ちゃんと言えた。伝えられた。ほっと肩の力を抜いた私は、次の瞬間セラに抱きしめられた。ありがとう、君を誰よりも幸せにすると誓うよ、と。セラが耳元で囁くから、くすぐったくて、私は小さく笑ってしまった。
 その拍子にこぼれた涙の欠片は、喜びの実感をゆっくりと潤していった。

【伝える伝わるこの想い/セラフェリ】







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