11/22 セラ→フェル(アルカナ)



 早く冷めてしまえばいいと思った。身のうちに発した、恋という名の熱。それを抱き続けるのは己を苦しめるだけのことだと分かっていた。だから願った。早く、冷めてしまえと。
 熱源ともいうべき彼女には既に決まった相手がいた。俺の知らない過去を分かち合い、俺の届かない未来を約束した、そんな相手が。
 彼の隣で彼女は幸せそうに笑っていた。世界の春をすべて内包したような、そんな笑顔だった。
 その表情を一目見た瞬間、俺は思い知らされた。彼女のことを想う己の気持ちと、それは決して叶うことがないということ。ずきりと痛んだ心臓と理解に至った脳が、俺にそう告げた。
 彼女を彼から奪おうとは思わなかった。彼の隣にある彼女は幸せそうだったし、きっとそれ以上の幸せは世界の何処を探してもないと思えたからだ。あるとするなら、それは彼だけが与えられる。他の人間では駄目だ。
 彼女がそんな唯一を得ていることを俺は喜ばしいと思った。月並みな言葉を使うなら、彼女が幸せならそれでいい、そんな気持ちでいた。
 この想いはそのうちに冷めるだろうとも思った。冷める、というのは少し表現が違うかもしれない。俺が彼女に対し抱く想いは、鮮やかに色づいた部分が褪めたとしても、温度自体は変わらない。恋だと知る以前、彼女の真っすぐな瞳に対し抱いた憧れとも尊敬とも取れるあの感情は、確かなものだった。だから、正確に言うなら、彼女とああなりたい、こうなりたい、そういった欲が冷めてしまえばいいと、そう思っていた。
 もしかしたら彼女が俺を見てくれる日が来るかもしれない。限りなくゼロに近くとも、可能性はある。心のどこかで囁く声から現実へ、覚めればいいとも、思っていた。
 柔らかく微笑む彼女の横顔を遠くから見つめながら、俺も薄く笑んだ。どうか、彼と幸せに。心の中でつぶやいた。口にすることはしなかった。彼と彼女に直接伝えることも、できなかった。何故そうしなかったのかはわからなかった。

 だが今ならわかる気がする。心のどこかで気づいていたからだろう。恋というものはそんなに簡単にはさめるものではないと、おそらく俺は無意識に気づいていた。だから祝福できなかった。
 夢から覚めることを拒否し、鮮やかに咲いた想いが褪める機会を逃した。冷めてしまえばいいと思ったのに、温め続けることを、選んでしまった。
 つらいとわかってはいて、可能性など無いに等しいとも理解はしていて、それでも俺は諦められなかった。 彼女の幸福を願う自分と、自分の幸福を願う自分。せめぎあう二つの自分を抱きながら、俺は今日もノルディアの空を見上げる。さめるような青空の下、さめることのない想いを抱き、俺は彼女の笑顔を想う。





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