9/10 stsk小話A



・stsk小話色々
・錫月と羊月


・錫月

 何処か誰の目にも触れない場所へ閉じ込めておけたら、と思う。俺だけをその瞳に映してほしい、俺以外の奴に笑いかけたり、嬉しそうに話し掛けたりしないでほしい。ずっと俺の隣にいてほしい。片時も離れず、俺だけのことを考えて、俺で心をいっぱいにしてほしい。
 でも、そうして月子を籠の鳥にしてしまうのは間違っていると分かっている。それに、俺が好きになったのはきらきらと目を輝かせて、蝶のようにひらひらくるくると駆け回る月子なんだ。籠の中でただ誰かのために囀るだけの存在じゃない、誰のためでもなく自由に飛び回る、天真爛漫な彼女を俺は好きになった。
 だから、不安になることはあっても、月子を閉じ込めてしまおうという考えを実行に移す気はない。ひらひら舞い踊る蝶を追い掛けるのも、嫌いじゃないから。
 でも、許せないものもある。俺だけの蝶を誘惑しようとする雑草たちは、何があっても排斥すると、月子を閉じ込める考えを捨てたあの日に決めた。月子には、俺だけが蜜をやれば、いいんだ。

【囀る蝶に注ぐ蜜/錫月】



・錫月

「絶対的に強いひとなんて、いないのかもしれないね」

 満天の星空に吸い込まれた言葉にどきりとした。
 心の動揺を気付かれないように、寝転がる月子の顔を見つめて理由を問えば、返ってきたのは「なんとなくそう思っただけ」というひどく曖昧なものだった。
 月子は、変なこと言い出してごめんね、気にしないでとひとつ笑って、再び星を目に落とし始める。短く返答し、俺も空に目を遣ったけれど、集中はできなかった。気付かれた、と思った。

 前に「俺は弱い人間だよ」と月子に言ったことがあった。幼なじみという関係が壊れてしまうことを恐れて、「このまま」を望んでいた俺は弱い人間だった。
 それは、月子も分かっていたことだろう。でも、今は違う。少なくとも月子は今の俺を「弱い」とは思っていないはずだ。いや、俺が弱いと思われたくない、だけなのかもしれないけれど。
 気付かれたくない。強くなんかなれていないことに、俺が今も弱い人間でしかないことに、俺は気付かれたくない。月子を支えている、守っている俺が、本当は月子に支えられ、守られていることに、気付かれたくないんだ。
 それは、情けないから。男としてのプライドが俺にそうさせる。
 たとえば月子が俺の前から消えてしまったら、俺は壊れてしまうだろう。世界を呪い、自分を呪い、全てを恨んで月子を奪うものを汚い言葉で罵るだろう。
 俺は弱いから、受け入れることも諦めることもできそうにない。でもそんな「もしもの弱さ」を、俺は隠したい。月子に心の狭い男だと思われたくない。月子の前では強くて頼れる男で、いたいんだ。
 そう、思っていた。


「懐かしいなぁ」
「何が?」

 あの日のように星空を見上げる。月子と手を繋いで寝転がっていると、そんなこともあったなと思い出した。

「ん?いや、やっぱり月子には敵わないなって」
「…どういうこと?」
「内緒」
「錫也のけちー」
「けちで結構」

 戯れに似たやり取りが終わると、月子はまた空を見上げる。その横顔をちらりと見遣りながら、俺は再生される月子の言葉を思い返した。俺が自分の中の弱さを認められた、あの言葉を。

「でもいいの。弱くて構わないの。だって誰も必要としないのは寂しいもの。それにね、私は弱さが愛しい。強さも弱さもあるからひとは面白い。どちらかだけなんて、つまらないもの。…弱さは、悪いものなんかじゃないの」

 月子がそう言って笑った瞬間、ぱちんと音を立てて何かが割れた。もやが掛かっていた視界が晴れたような、のしかかっていた重みが消えたような、そんな感覚だった。
 そして、俺はこう思ったんだ。月子が愛してくれるなら、この弱さも認められそうだなんて。

(そう思った俺は我ながら、単純だ)

【overcome/錫月】



・錫月

 どうして好きになったかなんて分からない。いつから好きだったかも分からないし、どこが好きか聞かれても答えることはできるけどそれが恋の始まりだったと問われれば分からないとしか言えない。その時の心が求めたから、今の心が求めるから、錫也のことが好きなんだと、私にはそう言うことしかできない。
 きっかけは確かにあった。羊くんが私に会いに来てくれたことから始まって、私たちの心が緩やかに化学変化を起こしていったあの春の日々の中に、きっかけは確かに存在していた。あのことがあったから私が錫也に対して抱く想いは変わったし、私と錫也の関係も変わった。始まりと別れの季節に、私たちは幼なじみという関係と別れ、恋人という新しい関係を築いた。
 でも、それはあくまで「恋人になった」きっかけでしかない。私が錫也を好きになったきっかけじゃない。
 私は錫也のことが好き。錫也の優しい声も甘い笑顔も、凛々しい横顔もちょっと困ったようにしている照れた顔も。大きな手も柔らかい髪もあったかい胸も広い背中もすごく自然に歩幅を合わせてくれる足も。錫也の作る料理も、少し角張った字も、なぞる指先の微かな震えさえも愛しくてたまらない。
 でもそれは、私が錫也を好きになった結果。後付けの理由でしかないから、やっぱり原因じゃない。錫也を構成する要素のひとつひとつを愛しく思うのは確かなことだけど、どれかひとつの要素が好きになるきっかけではなかったと思う。
 曖昧な言い方なのには理由がある。私は「どれかひとつの要素がきっかけだった可能性」を否定できないからだ。でも肯定することもできない。イエスでもノーでもないあやふやでどこか落ち着かない「分からない」という答えがすべてだ。結局はそこに帰結する。
 好きであることに理由はないと人は言う。「好きになった理由」は後付けでしかないし、どこから好きになったのか、どこまで好きじゃなかったのかなんて誰にも分からない。始まりがどこにもないように、終わりもどこにもない。だから、私は錫也を好きになった理由を考えるのをやめてしまった。
 恋に理由を問うのなんて野暮。ただ私が錫也を好きで、大好きで、幸せになってほしくて、幸せにしたくて、一緒に幸せになりたい、そう思うそのことがいちばん大切で重要なことなんだと思う。好きだよと口にする度に大きく育っていく好きの気持ちを、めいっぱい伝えるのが、大事なんだと思う。

【相愛性理論/錫月】



・錫月

 まるで、愛しい人を見つめるように星を見上げる月子の瞳がそこにはあった。
 なぁ、今俺が星に嫉妬してるって知ったら、お前はどうするんだろうな。落ち着いた赤にも見える色のその瞳で俺を見てくれるか?お前が大好きだと言う星に向けるのと同じ目を俺に向けてくれるか?
 ああ、でもな、月子。俺はそれを望んではいない。俺が欲しいのは、俺だけに向けられる俺だけのお前の俺だけの笑顔なんだ。
 だから早く俺だけをその目に映してくれないか。それだけで、無機物にすら向かう俺の嫉妬心は夜の果てに掻き消えるから。
【one and only one/錫月】



・羊月

「眉間に皺止せて何してるの、月子」
「好きって言葉を使わないで恋してる気持ちを伝える方法について本気出して考えてるの」
「どうして?」
「どうして、って…」
「そんなことわざわざ考える必要ないよ。好きなら好き、でいい。好きっていう気持ちは好きって言葉でしか表現できないものだから」
「そうなの?」
「うん。好き、に似た意味を持っている言葉はあるかもしれないけど、イコールかと言われれば違うでしょ?」
「うん、確かに」
「だから、『好き』の代わりになれるのは『好き』だけなんだ。変に言葉を捩曲げたり、捏ねくりまわしたり、付け足したりする必要なんてない」
「うん、羊くんの言う通りだね」
「分かってもらえたなら何よりだよ」
「ねぇ、羊くん」
「うん」
「…好き」
「僕も好きだよ」
「もしかして、分かってた?」
「うん。僕は君がくれる『好き』って言葉が大好きだから。…あ、でもひとつだけ『好き』に付け足しても嬉しい言葉があった」
「ふふっ、なんとなく分かる」
「じゃあ同時に言おうか」
「うん。せーの」
「「大好き」」

【言葉遊び/羊月】





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