7/12 stsk小話



 月子はよく迷子になる。
 地図が読めないとか、方向感覚が怪しいとか、そういう問題じゃない。好奇心旺盛な性格がそれを引き起こす。
 ひらひらと蝶が遊ぶように、花びらが風に舞うように、何かにさらわれてしまうんだ。幼稚園に通っていた頃も、小学生、中学生のときも、星月学園に入学したあの日もそうだった。少し目を離しただけで何処かへ消えてしまう。
 そんな月子を、探し出すことが俺の役目だった。仄暗い林の奥に、町の片隅に、桜舞う庭に、月子を見つけたときの安心感は、苦しいくらいに俺を締め付ける。ああ、よかった、『月子に置いていかれずにすんだ』そう、感じる。
 その苦しいくらいの安心感は、迷子の幼なじみを見つけた安堵じゃない。見失った母を見つけたこどものそれに似ている。
 俺は月子が目の前から消えることに耐えられない。そう、本当の迷子は月子じゃない。迷子は、俺なんだ。
 だから、俺は月子を探す。俺の世界を探す。失いたくないから、隣にいたいから。
 失ったら、多分、俺は。

【return to me or I cannot return to the WORLD/錫月】


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「あいつが選んだのは宮地くんか…まぁ、宮地くんならギリギリ及第点かな」
 笑顔で東月が言う。それは完璧な笑顔なのに、何故か背筋が凍る程の恐怖を感じた。
 人の機微に疎いと言われる俺にもはっきりと分かる。東月は、怒っている。それはもう壮絶に。その理由は分かっている。俺が、あいつと付き合っていることに対して…いや、俺が所謂「抜け駆け」をしたことに対して、東月は怒っているのだろう。
「宮地くん、あのさ」
 爽やかで穏やかだとあいつが…つ、月子が称していた笑顔も声もそこにはない。あるのはどす黒い霧を纏ったような圧迫感溢れる笑顔と、地の底から響くような恐ろしい声だ。
「俺はね、月子が幸せならそれでいいんだ。抜け駆けしたのも許せるよ。うんうん」
 台詞に反してその目が「絶対に許さない」と語っているのは俺の気のせいか…?
「でも、月子を泣かせたり、不幸にしたりしたら…」
 そこまで言うと、東月はすっと目を細めた。あえて言おう。怖い。
「…その時はありとあらゆる手段を使って宮地くんが一生クリームを食べられないようにするから」
 …やる。こいつはやると言ったら、やる奴だ。冗談めかして放たれた言葉に、俺は首を縦に振るだけで精一杯だった。月子のためなら、何物にも立ち向かえる自信があったが、こいつだけは決して敵に回すまいと心に固く誓った秋の日だった。
(すでに敵になりかけている気がするのは、気付かない振りをしたい)

【少年は越えられない壁に出会う/宮月前提宮地vs錫也】


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 見送る方も見送られる方も、どっちも辛いものだということは、よく分かっている。部活や生徒会、選択授業で別れるだけで小さく小さく心が痛む。月子と二人きりで過ごした日の終わりにはざらざらした寂しさに襲われる。授業が終われば、明日になればまた会えるって分かっていてもそう感じてしまう。
 多分、それはあいつも同じだろう。別れるときに見せる表情は、それが笑顔の形をしていても、どこか堪えるような色が混じっている。あいつが俺を見送るときも、見送られるときも、その色はいつもあいつに付き纏う。
 やっぱり、見送るのも見送られるのも辛いものだ。それが、永久の別れになれば、尚更だろう。逝ってしまうあいつを見送るのも、あいつ一人遺して逝くのも、どっちも辛いに決まってる。
 前はこう思ってた。月子がより辛いと感じる方を、俺が選ぼう。そうやってあいつを守ろうと、そう思っていた。
 でも、今は違う。俺はあいつが俺を置いて逝ってしまうのを見たくない。多分、堪えられないんだ。あいつのいない世界は俺にとって意味がない世界だ。あいつを失えば、俺の世界は崩壊するだろう。ばらばらになって、修復不可能なほど粉々になる。
 でも、あいつを置いていくのも、辛い。この手で幸せにしたい月子を誰かの手に委ねなければならないと考えるだけで心が凍りつきそうになる。置いていけるわけが、ないんだ。
 だから、今の俺はこう思ってる。あいつが俺を遺して逝こうと言うならすぐに追い掛ける。もし俺があいつを遺していかなければならないことになったら、俺はあいつを連れていく。そうして二人いつまでも、一緒に、いたい。

【死が二人を別つとも/錫月】



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