置き去りの本

「あ」


誰かに見つかってしまったらしい。
自分が入学したときよりだいぶ大きくなった木に寄りかかり、一人でのんびりするつもりだった。こんなにぽかぽかしていい日に授業がないなんて幸せだなあ。先日先生にそのことを告げられたときは、友達と一緒に街にでも出かけようかと思ったけど、こうやって学園内の自分だけが知っているような居心地のいい場所で過ごすのも乙なものだ。そう考え、木漏れ日がきらきら輝く木の下で昼寝でもしようかと寝転んだら、忍たまが出てきた。それも、6年生。図書委員長の中在家君だ。


「・・・隣、いいか」
「あ、うん。かまわないよ」


長年の研究で探し当てた私のベストプレイスが侵略されたのに、彼が発する低い声がどうにもかっこよくて、つい隣に座る許可を出してしまった。中在家君は小さくありがとう、と言うと、難しそうな書物を抱えつつ私の隣に腰を下ろし、ふうとひとつため息をつく。


「気持ちいいでしょ」
「・・・ああ」
「中在家君は、よくここに?」
「・・・たまにだ」


口数が少ない人だと聞いていたけれど、問いかけにはきちんと答えてくれるらしい。思っていたより多弁でほっとした私は、安心して中在家君に話しかけ続ける。


「難しそうな書物だね」
「・・・私は、難しいとは思わない」
「へえ、すごい」
「・・・お前も、読めばきっとわかる」
「どうかなあ。面白い?」
「ああ」
「私物?」
「ああ」
「私も読んでみたいな」


ぽつり、と零せば中在家君は驚いたような表情で私を見つめ、口角を少しだけ上げると、寝転んだままの私の手に持っていた書物のひとつを握らせる。何をされたのか分からない私が上半身を起こすと、中在家君は何かをぼそりとつぶやいた。さっきまで聞き取れていた声が、聞き取れない。立ち上がって彼に近づいてからもう一度話すように促すと、彼の茶色の瞳が戸惑う私をしっかりと捉えているのが見えた。6年生とは思えないような、澄んだ、綺麗な目。どくんどくんと心臓の鼓動が早くなっていくのが分かって、顔が熱くなっていく。


「・・・図書室に、来い」
「え、」
「・・・必ず、返しに来い。待っている」


中在家君はそれだけ言うと、さっと木の上に姿を消してしまった。普段の実習中ならきっと目で追うことができたであろう私は、どうしようもなくその場に立ち尽くしたままで、彼がさっきま座っていた場所を見る。私が持っている書物のほかに、さっき中在家君が持っていた書物より比較的読むのが簡単そうな本が置いてあった。それも私のために置いていってくれたんだと思うと、また顔が熱くなった。


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