朝まだき
※成長パロ五年後設定
(六年団蔵×プロ忍文次郎)



 空気を吸い込んで、溜息を一つ。

 まるでそれを貼り付けたかの如く、青く広がる空に、白い雲が薄く留まった。

 …嗚呼、暇だ。

 普段忙しく動き回っているせいか、急にたった一日だけ休日を与えられても、一体何に使えば良いのか分からない。
 畳の上に、ぱたんと倒れる。
 こんなに日が高くては、鍛錬をする気にもならない。

 久々の、休日。
 独りぼっちの、休日。

 ぐぐっと伸びてから、閉めたままの襖に視線を向ける。

 まだ日は長い。

 只今、巳の刻。


***


 ――…少し寝ていたせいで、身体が熱い。

 もそもそ起き出して襖を開ける。
 ふぁっと欠伸を一つ。
 同時に、満足な名もまだ付いていないであろう小さな花の、微かな香りが鼻をくすぐる。
 山の麓から子供達の笑い声が聞こえ、ふと自身が五年も前に卒業した学園の事を思い出した。

 思い出しついでに。

 この時間だと…団蔵は、まだ授業中か?

 城仕えの忍者である自分と、未だ学生である相手では、お互いの予定を把握する事も合致させる事も難しい。
 まぁ、恥ずかしながら、予定が分からずとも逢いに行ってしまう事も多いのだが。

 ちらりと目を動かし、確認した水時計の水位。

 未の刻。


***


 遅い昼食を済ませ、軒先からぼんやりと外を眺める。
 他にやる事は無いかと、頭を高速回転させて考える。

 洗濯は…しなくちゃな。
 次の忍務…明朝決行だから、一応組頭に挨拶しておくべきか?

 なんだかんだと、やらなければいけないことが沢山あって、また溜息。
 洗濯はまた今度でいいや、とか、組頭への挨拶は改めてする必要も無いだろう、とか。
 結局、理由をつけて、やらない。
 退屈を無理矢理、作り込む。

 いや、欲しい『予定』があるだけ。

 そんなこんなを改めて自覚した、酉の刻。


***


「逢いたかったなら、もっと早く来れば良かったじゃないですか…」

 そう言って会計室の襖を開けた団蔵は、松葉色の忍装束ではなく、白い寝間着を着ていた。

「もぉ…先輩の仕事が休みだって知っていたら、一緒に街にでも出掛けたのに。今日は僕達六年生全員、丸一日休みだったんですよ」

 ブツブツ言いながら後ろを向いた団蔵に続いて、部屋に入る。

「こんな時間に来ても、やれる事ないでしょう?」

 明朝から仕事なら、今から鍛錬する訳にもいかないし、と団蔵は言う。

 うむ、正に正論。

 確かに、何でこんな時間になってしまったのか。

 闇夜に紛れ、学園の会計室に辿り着いた時間。

 戌の刻。


***


「お前、今日何してた?」
「結局帳簿と睨めっこをしていたら、日が暮れてしまいました」

 湯のみに緑茶を注ぎながら、団蔵は苦笑いを浮かべた。

「ねぇ、先輩」
「何だ?」
「今日一日、ずっと僕に逢いたかったんでしょう?」

 言い返そうと、口を開いた瞬間、唇を塞がれた。

 そうだ、と言おうとしたのか、違う、と言おうとしたのか。

 それすら分からなくなる程、長い時間をかけて唇に戯れを落とした後、団蔵はこう囁いた。

「さっき僕、こんな時間に来てもやれること無い、って言いましたよね?」
「……ん」
「あれ撤回します。出来る事、あるじゃないですか」
「……?」







「…夜は長いですよ、先輩?」







「は?……ぇえっ!?」

 驚いて目を見開くと、ニヤリと笑った団蔵の顔が飛び込んできた。

 背中に堅い床の感触を感じて。

 世界が廻った、亥の刻。


***


 空気を吸い込んで、溜息を一つ。

 まるでそれを貼り付けたかの如く、薄汚れた壁に出来た黒い染みを目でなぞる。

 久々の、休日。
 だけど、独りではない。

 視線を戻すと、目の前にはまだ幾分幼さを残す、幸せそうな寝顔。

 つられて緩んだ口元を隠しもせず、その腕の中でしばし眠る。




 このまま日が昇らなくても構わないのにと。

 馬鹿げた事を考えた、丑の刻。


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