快哉シンデレラ
※現パロ大学生



「なぁ、合コン行ってもいいか?」

 留三郎の突然の申し出に、本をめくる文次郎の手が止まった。

 …珍しいな、と思う。

 その顔立ちや性格のせいで元々女性人気の高い留三郎だが、文次郎の知る限り、そんなものには一度も行った事が無いはずだ。

「いや、誤解するなよ?実は俺の友達が一目惚れした女の子が、俺のバイト先の後輩でさ。俺が行けばその子が来てくれるからどうしても!ってお願いされて…」

 勝手に焦った留三郎が、聞いてもいない言い訳を並べる。
 友達思いの留三郎らしい理由だった。

 …これで“行くな”なんて言ったら俺、ただの性格悪い奴じゃないか。

「…行ってくれば?」

 文次郎は自分の声が掠れてしまった気がして、わざと本に視線を落とした。

「いいのか?」

 しかし留三郎は全く気にも留めない様子で、パッと顔を上げる。

「友達のためなんだろ?俺はそこまで心狭く無い」

 …嘘つきめ。

 心のどこかでもう一人の自分が囁いた。

「大丈夫、絶対浮気とかしないから!安心してくれ!」
「…ハイハイ」

 …何だよ。
 行くのか、やっぱり。

 “浮気しない”なんて言われても、ちっとも嬉しくない。

 …知ってるか?留三郎。

 女の子ってめちゃくちゃ可愛くて。
 気が利いて、優しくて。
 それから、いい匂いがして。

 …俺なんかとは全然違うんだ。

 留三郎だって、きっと“やっぱり女の子がいいや”と思うに決まってる。

「ありがとう、文次郎!俺、行ってくる」

 しかし、そう言って安心したような笑顔を浮かべた留三郎を止める術など、文次郎は持ち合わせていなかった。


***


「へっくし!」

 留三郎が合コンに出掛けてから二時間。

 ちょっとジュースでも買いに行くか…と家を出た文次郎の手には、留三郎が残していった合コンの場所を記したメモ用紙が握られていた。

「寒い…」

 夜の空気は肌寒くて、文次郎は薄着で来た事を後悔していた。
 コンビニに行くだけのつもりで出て来たので、厚着をする必要はなかったはずなのだが。

 …っていうか、何してんだ?俺。

 文次郎の目の前には何故か、合コン会場である居酒屋の灯りが見えた。

 コンビニに行くんじゃないのかよ!と自らツッコミを入れながら携帯を開く。

 時間は、ちょうど十一時。
 メール、着信、ともになし。

「まあ…通りかかった事だし…五分だけ待ってやるか」

 酔っ払って周りに迷惑をかけていたら大変だし。

 もしかしたら家の鍵、忘れているかもしれないし。

 そんな、誰に聞かせるわけでもない言い訳を一人呟きながら、文次郎はレンガ作りの花壇に腰を下ろした。


***


「へーっくし!」

 もう一度大きなくしゃみをしたら、無意識の溜め息まで付いてきた。

 …嗚呼、みっともない。

 余裕なんてないくせに“行って来い”なんて強がった上、結局、こんな所で待ち伏せなんかして。

「かっこわりー」

 ズズ…と鼻水をすする。

 …どうしようか?
 万が一、留三郎が女の子お持ち帰りとかしていたら。

 元々、女の子にモテる留三郎の事。
 アタックされて、いつ目が覚めたって不思議じゃない。

「へいっくしっ!」

 五分

 十分

 十五分



 刻々と時間だけが過ぎて行く。
 目の前の居酒屋の灯りが、痛いぐらいに眩しかった。

「寒…」

 文次郎は冷たくなった手先をすりあわせ、もう一度鼻水をすする。

 …帰ろう。

 あと五分だけ待ったら。

 …既にあれから三十分以上過ぎているけれども。

「……はあ」

 さっきから、溜め息ばかりが増えていく。
 こんなことなら最初から“行って来い”なんて言わなければよかった。

 留三郎が、自分から離れていくかもしれない。

 そんな不安が、文次郎の胸に微かに宿った。

「………」

 中で何を話しているんだ?

 その話題の中に、俺は存在しているか?

 文次郎の頭の中を、届くはずのない留三郎への言葉がぐるぐると回った。

「…あーあ…」

 膝の上の握りこぶしにギュッと力をこめる。

「留三郎のバカ…」

 街角の時計が十二時の鐘を歌った。

 空気はこんなにも冷たいのに、鼻の奥がツン、と熱い。

「留三郎の、バーカ」












「バカとは酷いな、文次郎」

 意外な…でもずっと聞きたかった声に、顔を上げる。

 文次郎を見下ろすのは、いつもより少しだけ上気した間抜け面だった。

「こんな所で何してんだ?…っていうか、お前何でいつも薄着で出歩くんだよ…」

 留三郎は自分のジャケットを文次郎の肩にかけて、両手で頬を挟む。
 冷たくなってるぞ…と、コツンと額をぶつけられた。

「コンビニに、行こうと思って…」

 …バカか、俺は。

 こんな嘘、きっと子供でも引っかからない。

「そっか」

 クスクスと笑う留三郎の声に、顔面に血がのぼっていく音が聞こえる気がした。

「…………」

 ジャケットから香るのは、嗅ぎなれた留三郎の香りと、文次郎の知らない煙草の匂い。

「他の奴らは?」
「ん?まだ中で飲んでる。ちょっと風に当たりに来たんだけど…」

 まさか文次郎がいるなんてな、と留三郎は笑った。

「合コン、まだ終わってないんだろ。…早く戻れよ」

 文次郎は、視線を外して小さく呟いた。 また心にもないことを言ってしまって、意地っ張りな自分に嫌気がさす。

「戻っていいのか?」


 …嫌だ。




 嫌だ!




「…やだ……」

 文次郎は立ち上がり、留三郎に思い切り抱きついた。
 そんな文次郎の身体を受け止める、意外に強い力と、額に触れる暖かい唇。

「何でこんな所にいたんだ?」

 ギュっと文次郎の頭を自分の肩口に押し付けて、留三郎が尋ねてきた。

「…お前、へたれのくせに、何でか、結構モテるから…」
「だから、心配になった?」

 留三郎の言葉に、文次郎は顔も上げずに頷いた。

「バカだなあ、文次郎」
「………」
「泣くぐらいなら最初から“行くな”って言えばいいのに」
「…泣いてねえし」

 くしゃっと頭を撫でられた後、身体を離される。
 文次郎は、思わず留三郎のシャツの裾を掴んだ。

「今日来てた女の子達、みんな凄く可愛かったんだぜ?」
「………」
「ちっちゃくて、よく気が利いてて…」

 …どうせ俺は気が利かないし、身長お前と一緒位だし、可愛くもないし、むしろ雄々しいし、ギンギンしてるし。

 そんな風に比べられたって、惨めになるだけだ。

「でさ、俺モテモテだった。凄くね?」
「…だから?」

 “文次郎なんかもういらない”って言うのか?

 “やっぱり女の子がいい”と思ったのか?

 次のセリフを聞きたくなくて、文次郎は俯いてギュっと目を瞑った。

「なのに俺、その女の子たちについつい言っちまってさ。“悪いけど俺の恋人は、もっとずっと可愛いんだぜ”って」




 ………は?

 思ってもなかった言葉に思わず顔を上げる。

「そしたら女の子達、キョトンとしてた」

 そりゃそうだ。

 当の本人の文次郎ですら、キョトンとなってしまっているのだから。

「…バ、バカじゃねーの…お前…」
「うん、俺もそう思う。おかげで俺、ちっとも相手にされなくなったし。いやぁ、寂しいのなんのって」

 ヘラヘラと笑っていた留三郎が、どさくさにまぎれて文次郎の髪にチュっと軽くキスをする。

「だからさ、文次郎、」








“今夜はたくさん、お前が俺の相手してくんねぇ?”







 文次郎は一つ息を飲み込み顔を伏せた後、ポツリ、ポツリと呟いた。

「…もう合コンなんて行くな」
「ああ。文次郎がそう言うなら、もう絶対行かない」
「俺以外の奴を褒めるな」
「うん、分かった」
「あと…腹減った」
「俺が作ってやるよ。何がいい?」
「………」
「もっともっと、ワガママ言って良いぞ?」

 お前のワガママ好きだから、と笑う留三郎。

「……じゃあ、」

 文次郎は、留三郎の顔を真っ直ぐ見つめ返した。




 不安でなかったと言えば、それは嘘になる。

 だけど、本当は知っていたんだ。

 冷たい手を握り返す、温かい手も。

 笑って三日月形になった目も。

 いつの間にか留三郎の香りだけになった、ジャケットも。






「…もう一回、ちゃんと抱きしめろ」


 最初から全部、俺だけのものだって事。


***


 文次郎はゆっくりと、留三郎の背中に腕を伸ばした。
 抱きしめられたその腕の温もりを独り占めにする。

「…おい、まだ寒いのか?」

 珍しく甘えるような文次郎の態度に、何やら勘違いをしたであろう留三郎の言葉は聞こえなかった事にして、文次郎はその冷たい唇を、温かな唇に重ね合わせた。

 長い長い口付けの後、俺の体温奪う気かよ、と言った留三郎の真っ赤な顔を見て。

 文次郎は密かに、ほくそ笑んだ。


←main