そしてピエロは涙を流す
※ややビターな話注意



「いーさーくぅー!!」

 馬鹿でかい声と共に乱暴に扉が開いて、鬼の形相の食満留三郎が飛び込んで来た。
 善法寺伊作は、包帯を握りしめたままの体勢で固まった。


***


 笑って欲しいんだ、文次郎。
 俺だけの為に。


***


 伊作が留三郎の襟首を持ってポイッっと外へ放り出すと、何やら鈍い音が辺りに木霊する。

「痛っ!何するんだっ!!」
「何するんだじゃないよ、留三郎。ここは保健室なんだよ。乱入されても困るよ」
「それ所じゃないんだよっ!」
「…用具委員会の活動中に同じ事してやろうか?」
「……すまん、大人気なかった」

 項を垂れた留三郎を見て、伊作から溜め息が漏れた。


***


 気付いて欲しいんだ、文次郎。
 俺のこの想いに。


***


「それで、どうしたの?」

 保健室外の廊下端に留三郎を押し込み、訳を尋ねる。
 留三郎が、こんなにテンパって保健室に乱入ほどの大事な用件。

 ……まぁ、大体予想は付くけれど。

「文次郎、知らないか?」

 ―――ほらね。

「僕より留三郎の方が知ってるはずでしょう?最近、留三郎が文次郎のことをストーカーしてるって、専らの噂だよ」
「知らないから学園中に聞き回ってるんだッ!!」

 留三郎の形相に、保健室から顔を覗かせていた下級生がヒッ、と声を上げる。

「ストーカーって言われてる件については黙認なの?」

 伊作は、心の中で本日二回目の溜め息をついた。


***


「おい、どこまで行くつもりだ」

 文次郎はそう言って、俺を睨み付けた。

 お前とならどこにでも。

 そんな気障な台詞を返したら、途端耳まで赤くなった。


***


「文次郎の居場所?今日は知らないよ。昨日は一緒にお茶を飲んだし、一昨日は傷の手当をしてあげたけど、今日はまだ会ってないよ」
「……」

 伊作は、留三郎の嫉妬光線をひらりとかわす。

「そのくらい、別に良いじゃない」
「良くない!」
「何?文次郎いなくなっちゃったの?い組だけ実習とかじゃ無くて?」
「今日から三日間は、純粋に休みのはずだ」
「留三郎、文次郎と何か約束でもしてたのかい?」
「二人で一緒に、街に行く約束をしてた」
「…キミに愛想つかしたのかもしれないね。留三郎、手がかかるから」
「洒落にならんコトをゆーなっ!」
「でも、文次郎も言ってたよ。『留三郎は頭の中がまだ餓鬼だ』って」
「……」

 はい、そこ。
 勝手にショックを受けない。


***


「…え?」

 その横顔を見詰めていたら、我慢できなくなって。
 俺は、文次郎の身体を不意に抱き締めた。

 急な事に驚いたのか、微かに身を捩るけれど抵抗は無い。
 視線が絡み、吸い込まれる。

 俺は、柔らかな唇に己のそれを重ね合わせ、長く、深く、そして激しく、文次郎を味わった。


***


「文次郎、自室にはいないの?仙蔵には訊いた?」
「『知らん』と言われた。…それ以上は怖くて訊けなかった」
「…何か、知りたくもない君達のヒエラルキーを見せ付けられている気分だね…。じゃあ、暗号化したのろしでも上げてみたら良いんじゃない?ギンギンに忍者している文次郎なら、喜んで返してくれると思うよ」
「最初にのろし上げてから半日経つけど、返事が来ない」
「もしかしたら、実家に里帰りしているのかもしれないよ。久々の休みだし」
「文次郎の母上に丸一刻世間話に付き合わされた挙げ句、いないって言われた…」
「実家まで行ったの!?」
「結構遠かった」
「ヤバい、思いの外、ストーカー過ぎる…」
「何か言ったか?」
「いや、別に。案外普段通り鍛錬とかに行ってて、すれ違ってるんじゃない?」
「あいつの鍛錬ポイント八十八カ所は全部確認した」
「鍛錬ポイント多っ!お遍路並み!?」
「あと小松田さんに確認したら、朝一で出門票にサインしてあった」
「…それをまず言うのが筋じゃないの?」

 しかし、そこまで探していないとなると…もうお手上げである。


***


「何すんだ、バカタレ…」

 長い長い口付けの後、息も絶え絶えで此方を睨む顔は真っ赤。
 憎まれ口を叩いても、文次郎が『俺』を好いているのは一目瞭然。

 嗚呼、愛おしい。
 貴方はこんなにも『俺』を愛してくれている。

「………何か言えよ、……留三郎」

 だから、こんなにも憎らしい。
 貴方が『私』を愛してくれる事は無い。


***


「留三郎が文次郎の事を心配する気持ちは分かるけど、一日くらい待ってみたらどう?文次郎だって、一人でどっかに行きたいと思って出掛けたのかもしれないよ?」
「…う〜ん」

 伊作とて、文次郎の事が心配でないわけではない。
 だが、相手は半人前とは言え、立派過ぎる程の男。
 しかも、割と思い付きで行動するタイプの。

「とりあえず、文次郎が保健室に来たら教えるよ」
「誰が誰に何を教えるんだ?」
「「!!」」

 後ろから突然声を掛けられて、二人して飛び上がる。
 ちょっと、留三郎…庭の方向いてるんだから、誰か来たんなら気付かなきゃ駄目でしょ…。

「文次郎!」
「あれ?お前達、こんな所で何をしているんだ?」

 不思議そうに首を傾げる文次郎に、留三郎がひしっ、と抱きついた。

「文次郎、今までどこにいたの?」
「そうだぞ、文次郎!俺、お前の事探して…」
「………何言ってんだ、留三郎?」









 俺、今日一日、お前と一緒にいただろう?










***


 笑って欲しいんです、潮江先輩。
 私の為だけに。

 気付いて欲しいんです、潮江先輩。
 私のこの想いに。

 だけど。

 私は知っています。
 貴方が誰を好いているのかを。

 私は知っています。
 貴方が私に振り向いてくれない事くらい。

 だから私は、あの人に『化ける』のです。



「『留三郎』…かぁ」



 そう呟いた『学園一の変装名人』は、つり目気味の『仮面』を剥ぎ取りながら、ゆっくりと自身の唇をなぞる。

 先程まで触れていた、愛しい唇の柔らかさを思い出すかのように。






 仮面を無くしたピエロの頬に、一筋の涙が伝っていった。


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