師走に手繰る赤い糸 「ねぇ、左吉。“赤い糸”って、信じる?」 仁暁左吉が顔を上げると、加藤団蔵は自身の左手の小指を立て、それを軽く折り曲げた。 ……突然何を言い出すのか、この馬鹿旦那は。 *** 今年度の予算会議も終わり、一息ついたのも束の間、各委員会からは予算についての上申が後を絶えない。 この予算会議の後の微調整も、会計委員である自分達の重大な仕事の一環であった。五年生である団蔵と左吉は、率先して各委員会に出向き、要望や必要経費を訊いた上で、何とか上手く予算の修正が出来ないものかと悪戦苦闘している。 本日、五年生は授業が早く終わったから、予算の無駄を精査しようと言い出したのは左吉だった。 会計室の机に向かい、二人して算盤を弾き、帳簿を睨みつけ、別の帳簿に文字を記していく。 その作業を繰り返し、一刻程経った頃、突然団蔵が口を開いた。 ――ねぇ、左吉。“赤い糸”って、信じる? *** 「赤い糸ぉ?」 左吉は、算盤を弾く手を休め、向かいに座した団蔵を机越しに見遣った。 「そう、“赤い糸”。前さぁ、くのたまが言ってたのを思い出したんだ。運命の人同士は、小指と小指が赤い糸で繋がってる、って」 「ああ、それなら聞いたことある。でも、突然何で思い出したんだ?」 「………潮江先輩が…」 「潮江先輩が?」 「………女装してて…」 「じょ、女装してて!?」 きっと団蔵は、実習か何かで女装をしている潮江文次郎を見かけたのだろう。 左吉は、俄然この話に興味が湧いてしまった。 いつもはギンギンに忍者している先輩の女装姿。気にならないわけがない。 「それで、どうだったんだ?潮江先輩の女装姿」 「それを俺に訊くの?可愛かったよ。ギンギンしてたけど」 …それって、可愛いって言うのか? 「だいぶ、馬鹿旦那フィルターが掛かってるんじゃないのか?」 「失礼だな左吉ぃ!」 「だって、そうじゃないか」 「いや、本当に可愛いんだって。きっと食満先輩だって、俺と同じ評価を下すと思うよ」 「ああ、その人のフィルターも信用出来ないから、別の人に訊くよ」 えー?と不満そうな団蔵を余所に、左吉は一先ず話を先に進めることにした。 「それで、何で女装姿の潮江先輩を見て、突然“赤い糸”とか言い出したんだ?」 「潮江先輩の髪が、綺麗な紅色の髪結い紐で結ってあったんだ。それが何か印象に残ってさ。思い出しちゃったってわけ」 「ふーん、紅い髪結い紐、ね」 左吉は想像してみる。 会計委員長の髪に、紅色の髪結い紐。 ああ見えて、顔立ちは結構童顔で目も大きいし、鎮座する隈は白粉で隠してしまえばいい。 いつもは無造作に縛っている黒髪も、手入れすれば忽ち綺麗になるだろう。 紅を引いた紅い唇と、同じ色をした髪結い紐。 そこまで想像してところで、左吉の想像の中で、女装姿の文次郎が妖艶に微笑んだ。 ……意外や意外。結構、良い感じじゃないか? 「さーきーちー」 「ああ、ごめんごめん」 目の前には、不服そうな顔の団蔵。 左吉はゴホン、と一つ咳払いをしてから、頷いた。 「で、その髪結い紐を見て、団蔵は“赤い糸”の話を思い出したってわけだ」 「そう。ねぇ、左吉は“運命の赤い糸”信じるかい?」 「僕は信じないな」 「言うと思った。全く、左吉は浪漫の欠片も無いんだから」 「そう言う団蔵は?」 「俺は信じるよ」 「言うと思った。そんな迷信を信じるなんて、さすがアホのは組」 二人して、ふん、と鼻を鳴らす。 「でも、本当に運命の人と、見えない糸で小指同士が繋がってたら、素敵だと思わない?」 そう言った団蔵が、小指を立てたままの左手を、壁側に向かって軽く引っ張るように動かした。 「あれ?お前達、もう来ていたのか?」 それはまるで、団蔵の指に引っ張られたようなタイミングの良さで。 「「し、潮江先輩!?」」 「…何だ?二人して、何でそんなに驚いているんだ?今日は普通に登場してやっただろ?」 そう言いながら、壁と反対側の襖から、ひょっこりと顔を出したのは、噂の会計委員長。 「いや、それが…」 「あわわ!左吉!しぃっ!言うな!」 「潮江先輩と団蔵の“赤い糸”が…」 「言うなってば!」 「バカタレ、喧嘩をするなら、矢羽音でしろ!」 会計委員長の説教が続く会計室で、団蔵が左吉に向けて、こっそりと矢羽音を放った。 ――ほら、左吉。“赤い糸”ってホントに繋がってるだろ? 文次郎は、何故か己の手に視線を集中させる後輩達に向かって、話を聞かんか!と一つ喝を入れた。 ←Fifty-Fifty |