熱惑う夜
藤袴の藤波様から頂物



「留、三郎」
「だ、大丈夫か?文次郎」

お前は一体どれほど質の悪い風邪を移してくれたのだ、と布団の中で横たわる文次郎がじとりと留三郎を睨みつける。移すつもりはなかったんだ、とか、お前それこそ鍛練不足だろうだとか言う留三郎の言葉を遮断するように、すっぽりと頭まで布団を被ってしまった文次郎は、現在風邪っぴきの為、い組の自室で身体を休めている。
「留さんのが移っちゃったんだね」という保健委員長の一言が物語るように、確かにこの風邪は先日留三郎が魘されていたあれに間違いはないだろう。ごめんなごめんな、と何度も己に謝り、自ら己の看病係に立候補してくれたと言うのは有難いが、こう……始終くっつかれている状態というのはどうにも暑苦しい。

「とめ、暑い」

掛布団の上から己に被さり、文次郎文次郎と己の名を呼ぶ声を聞いて、こいつはいよいよ頭が湧いているのではないかと思わずには居られない。
何処の世に病人の身体の上に被さってくる奴がいるのかと問えば、けろりとした留三郎からは「暖めてやってんだろうが」と返された。暖めるにしても、他に手段があるだろうとか、大体重いのだとか、言いたい事は多々あるが、布団越しのその温度に安堵してしまうのもまた事実。何故こうもこの男の熱は心地良いのだろうか。漸く下りたらしい留三郎を布団の隙間からちらりと覗き、その眼がかち合う。

「具合悪い時は人肌が恋しいだろ」

添い寝してやろうか?、にやりと片眉を上げて問う表情にむかっとする。己が「あぁ、頼む」などと言うとでも思っているのだろうか。だとしたら、この男の頭は最早救いようもない。

「そんなもんは要らん」
「まぁまぁまぁまぁ」

布団の中に滑り込んで来る留三郎を渾身の力で押し退けようと思うが、熱の所為か思うように腕に力が入らない。

「おい、バカタレ。移るぞ」
「俺が移した風邪なんだから大丈夫だろ」

するりと布団に入り込む事に成功した留三郎によって、身体をぎゅうと抱き締められる。己の体温が熱いのは、この風邪の為だと理由が分かるが。何故この男の体温は四六時中、こうも暖かいのか。取り敢えず寝ろよ、休息も大事だ。そう言われ、額に唇が降る。それだけで既に心地が良いと思ってしまう己もどうかとは思うが、髪を鋤かれ、頭を撫でられている内に微睡みは段々と深くなる。
包まれているという認識はどうにも恥ずかしい。本当なら、こっ恥ずかしいからやめろ、と止めてしまうところであるが、しかし今の己にはそんな気力も体力もないのだ。何せ己は質の悪い風邪をひいてしまっているのだから。そうだそうだ。全ては、この風邪の、この熱の、この男の所為なのだ。意識の中で、誰に聞かせる訳でもなくそう繰り返し、瞼の下りる感覚に構う事もなく目を瞑れば、いとしき男の心音がとくりとくりと音を鳴らす。
既に五感全てがこの男によってやられてしまっているのだ。溺れてしまっているのだ。今更足掻いた所で、もがいた所で、それが一体何の役に立つと言うのか。寧ろそれは、溺れてしまっている事をはっきりと自覚させる行為になってしまうに違いあるまい。もう岸には届かない。溺れながら浮かびながら、たゆたいながら歩む他、選択肢などは残されていないし、既に断たれてしまった退路などは跡形もなく消え去ってしまっているのだから。

ふと、混濁する意識の中「ゆっくり寝ろよ、次の休みは一緒に町に行こうな。約束だぞ」という留三郎の声が聞こえて、思わずふと笑みが浮かぶ。人が弱っている時に半ば強制的に約束を取り付けるなど、身勝手な男だ。

――けれど己は、それが至極嬉しいと感じてしまうのだから、もう言い訳のしようもない。

(焦がれ焦がれて身を焦がし、言い訳すらも浮かばぬ夜)


「何なんだ、こやつらは」
「とめさぶろーともんじろーは本当に仲が良いなぁ」
「留さん、一緒に寝ちゃったら意味ないじゃないか……」
「……予想の、範囲内だろう」




藤袴の藤波様が5000hit企画をされていたので、ちゃっかりとリクエストさせて頂きました。
犬猿可愛い過ぎて、全私が悶えた。
藤波様、ありがとう御座いました!





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