箱舟に添えた傘
※現パロ大学生
(藤波様宛て捧物)



 もし。
 キミと一緒に暮らすなら、どんな家が良いだろう?


「文次郎、出かけよう!」
「はあ?どこに?」
「海!」
「………この寒空の下でか?」


 そうだなぁ。
 やっぱり、広くて、青い海が見えて、白い大きな犬を飼っていて…。


***


「寒い…」

 先月中古で買ったばかりの400tバイクを走らせ、郊外の海まで約30分。
 後部座席のシートから落ちないようにと掴んでいた留三郎のジャケットから手を離し、文次郎は呆れたようにこう言った。

「こんな寒い時期に、こんな寒い格好で、こんな寒い所へ男二人で来るとか。どこまで寒いんだ、俺達」
「まぁ、そう言うなって。だいたい、この寒いのにコートも着て来ないお前が悪い」
「何だこれは。苦行か?俺を出家させるつもりなのか?大体、バイクで来るなんて聞いてない」
「文次郎の大好きな“鍛錬”だと思えば良いだろ?」
「お前がバイクに乗りたかっただけのくせに、何が鍛錬だバカタレ」

 留三郎は、あははと誤魔化すように笑い、それから、自分の着ていたジャケットを脱いで文次郎の肩にかけた。

「寒いんだろ?着とけ」
「いらねぇよ」
「大丈夫、俺カイロ持ってるから」

 じゃあそっちを渡せよ、とは言わずに、文次郎はアリガト、と小さく呟いて留三郎の匂いのするジャケットに袖を通した。
 留三郎はその手を掴むと、砂浜の方に向けて、文次郎を引っ張りながら歩き出す。

「泳ぐのか?」
「鍛錬馬鹿の誰かさんじゃないんだから、こんな寒い時に泳がねぇよ」
「じゃあ、何すんだよ」
「何もしない。ただ文次郎と歩きたいだけ」

 文次郎は、赤くなった鼻を擦りながら、顔を伏せて黙り込む。
 乾燥する空気の中で、繋いだ手の湿気が、少し増えたような気がした。


***


 灰色の空と、灰色の海。
 誰もいない砂浜では、所々に埋まった空き缶にだけ色彩が与えられている。

「本当に何もねぇし!」
「ここまで何も無いと逆に面白いな」
「あ、これ何だ?」
「多分、“元”砂の城だろ」

 何だか馬鹿馬鹿しくなってきて、二人して苦笑い。
 すると、留三郎がふと下を向き、そのまましゃがみ込んだ。

「どうした?」
「書き心地の良さそうな木の枝、発見!」
「……お前、本当に餓鬼だよなぁ」
「子供心を忘れない大人なんだよ、俺は」
「成程、これが俗に言うピーターパン症候予備群か」
「……なにそれ?」
「大丈夫、褒めていない事は確かだ」

 留三郎はその枝を使って、砂浜に線を引いていく。

「俺と文次郎の相合傘ッ」
「バカタレ」

 文次郎が留三郎の頭を軽く叩くと、留三郎は、じゃあこれならどうだ、と言ってもう一度木の枝を握り直し、相合傘を書いた横に新たな線を一つ作った。

「何を書くんだ?」
「さあ、なんでしょうか?当ててみ?」

 まず、大きな四角。
 それから、小さな四角を中に幾つも書いて。

「あ、足りないから増築する」
「増築?」
「入口は此処と此処」
「…これってもしかして」
「そう!俺と文次郎の“愛の巣”間取り図!…ただし“理想の”だけど」

 文次郎は、このバカが…と呆れた視線で留三郎を突き刺した。
 慣れたもので、その視線をするりとかわした留三郎は、自作の即興間取り図を指差し、説明を始める。

「ここが文次郎の部屋で、ここが俺の部屋」
「何で繋がってんだ」
「仕切りなんていらねぇじゃん。で、ここが寝室」
「狭ッ」
「シングルベッドで寄り添って寝る!それで、ここはリビング、こっちは書斎。窓は一面、オーシャンビューだ」
「この5つ連なってる部屋は?」
「そこは子供部屋」
「多ッ」
「頑張ろうな!」
「産めねぇよ!あと、何だこの“子作りルーム”って!?」

 しばらく、ああで無いこうで無いと言い合っていたが、とうとう、貸せ!と言った文次郎が、留三郎から木の枝を奪い取った。

「大体、お前は余計なもんばっかり増やしすぎなんだ」

 文次郎は足で砂を慣らし、間取り図の部屋を消していく。

 狭すぎる寝室
 大きなテレビ付きのリビング
 豪華なオーシャンビューと広いベランダ
 未来の可愛い“子供達”のための子供部屋

「子作りルームは?」
「無論消す。容赦なく消す」



 次々に部屋が消され、しかし一部は書き足され、残ったのは見覚えのある形。


 狭いけれど、二人で寝るには十分な寝室
 小さなダイニングキッチンと繋がる、これまた小さなリビング
 ベランダには、きっと物干し竿に掛けたままのハンガーが六本
 未来の可愛い“子供達”のための子供部屋は、もう隣の家のスペース


「…もしかして、これって」
「………」





「文次郎のアパートの間取り?」





 何で、と留三郎が文次郎の顔を見ると、その唇は少し拗ねたように尖っていて。






「“愛の巣”なら、これで十分じゃねぇか」






「………」
「…別に、満足してるし」

 誤魔化すように呟いた文次郎の言葉は、留三郎に抱き締められたせいで、その語尾がくぐもってしまった。


***


 もし。
 キミと一緒に暮らすなら、どんな家が良いだろう?


「留三郎、ちょっと良い事、教えてやろうか?」
「?」
「さっき砂浜にお前が書いた相合傘、消さずに残してきてやった」
「え、何で?お前、あれ見て呆れてたじゃん」
「まぁ、こんな時期にあんな砂浜、誰も来ないだろうし…」


 そうだなぁ。
 やっぱり、狭くても、隣のアパートの壁しか見えなくても、夜な夜な野良猫の鳴き声が煩くても…。






「自分の手で、消したく無かったから」






 キミが隣にいてくれれば、それでいい。


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