七つ色パラソル
※留→←文っぽい
(藤波様宛て捧物)



「何で俺は、お前と出掛ける度に雨に降られなきゃならないんだ?」

 文次郎が、空を見て首を傾げる。

「知るかよ!」

 留三郎は、空を睨んでこう強く言った。


***


 学園長のお使いが終わり、預かり物を風呂敷に包んだ所で突然激しさを増した雨音。
 このくらいの雨ならば、少々濡れても大丈夫だろうと高を括っていた留三郎と文次郎は、切妻造の屋根の下で途方に暮れていた。

「しかも何で俺達は、傘を一本しか持ってきてないんだ?」
「し、知るかよ!」

 常なら雨に濡れて帰るなど造作もない事だ。
 しかし、今日は学園長から申し付けられたお使いの帰り、預かり物を濡らしてしまうわけにはいかない。

「…まぁ、何というか、その…も、文次郎!」
「何だ」
「仕方ないから行くか!」
「…そうだな、仕方ないからな」

 先程より、いくらか落ち着いた雨音に空を見上げる。
 まるで終わりなど知らないかの様に降り注ぐ無数の雨粒を隠すように、留三郎は傘を広げた。

 すると、

「俺が持つ」

 文次郎が傘の柄、丁度留三郎が握っている部分の少し上に手を沿える。

「何でだよ!」

 しかし、留三郎はそれに異を唱えた。
 文次郎はムッと眉を寄せる。

「何だ留三郎…俺が持っちゃ駄目なのか?」
「だってお前、預かり物の入った風呂敷持ってるじゃねぇか!」
「だからどうした!」
「お前はすでに手荷物持ち、俺はいま手ぶら、つまり俺が傘を持ちゃイーブンだろ!?」
「イーブンって何だ、イーブンって!」
「だから傘は俺が持つ!身長も俺の方が高いし、それが自然だろ!」
「一センチしか違わねぇだろうが!」
「おーれーがー持ーつー!」
「いーやーおーれーだー!」

 二人して睨み合い、臨戦態勢、準備完了。

 …が。


 ドシャアアア…


「「………」」

 局地的に殊更酷くなった雨脚に、とりあえず一時休戦。

「…まぁ、何というか、その…文次郎」
「何だ」
「仕方ないから、行くか。……傘、どうする?」
「…お前が持て」

 文次郎のその言葉を聞き、破顔一笑した留三郎は、じゃあ、と言って雨でぬかるむ土に足を踏み出した。

「…何がそんなに楽しいんだよ、留三郎」

 留三郎の左側に並び、傘の中に収まった文次郎は、そう疑問を口にする。

「え?いや…えっと、…べ、別に!」
「…なんだよ、別に、って」

 傘の下、聞こえるのは二人の声と雨音だけ。
 文次郎は己の右側にいる留三郎の目が、何やらせわしなく動いている事を雰囲気で感じ取っていた。

「………、」

 するとふいに、留三郎の左手が文次郎の左肩に伸びて、

「……え?」

 そのまま留三郎の方に引き寄せられる。

 肩を抱かれ、体の一部が触れただけ。
 ただそれだけなのに。

 パタパタと雨が傘を打って、そのリズムに合わせるかのように文次郎の心臓が予期せず高鳴った。

「な、何すんだ、このバカタレ!」

 すぐ右側にある留三郎の顔をキッと睨むと、留三郎は頬を微かに赤らめ慌てたように前を向いてから、文次郎の顔を見ないままこう反論した。

「だ、だって!文次郎の肩、濡れてるだろ!」
「そういう留三郎の肩だって濡れてるじゃねぇか!」
「濡れてねぇ!」
「どう見ても濡れてんだろ!変な所で意地を張るな!」
「別に、俺は濡れてもいいんだよ!」
「はあ!?何格好付けてんだ!」
「格好付けてなんかねぇよ!俺はお前の体が心配なんだ!お前に風邪引かせる訳いかねぇだろ!」
「………………は?」
「……!!」

 文次郎がポカンと口を開けると、留三郎は、しまった、という青ざめた顔で一瞬左を向き。

 ごく間近で二人の視線がかち合うと、今度は一気に顔を赤くさせ、再び前を向いてしまった。

「いや、あの、い、今のは……」

 途端歯切れの悪くなった留三郎は、しばらく言葉を探していたようだが、

「い、今のは『俺はお前が大事な預かり物を持ってるから、だから心配なんだ』と言おうとしただけだ!」

と、誰も頼んでいないにも関わらず、何やらよく分からないような言い訳を紡ぎ自らを納得させたようだった。


***


 それから二人の間に、これという会話は無くなった。

 せわしなく足を交互に動かし、ただ前に進む事だけに集中しようと心掛けた。

 しかし、それでも。

 雨と傘が作り出した狭い密室に、只々むず痒いような気恥ずかしさだけが増えていく。

 雨の音を隠れ蓑にしても、高鳴る鼓動が相手に伝わるのではないか。

 しっとりと水分を含んで少し冷たくなった着物の、互いに触れ合う微かな部分だけが熱を持っているような気がしてならない。

 留三郎は時折文次郎の肩に添えた手を抱き直し、文次郎は時折留三郎の横顔を盗み見ては顔の温度を上昇させた。



 文次郎が、密かに横へ向けていた視線を真っ直ぐ戻すと、視界の先に飛び込んで来たのは微かな光。

「「……あ、」」

 二人同時に空を見上げる。
 流れる雲の隙間から陽が差して、雨に濡れる景色をキラキラと輝かせた。

「天気雨になったな」
「…あ、留三郎あれ見ろよ!」
「おぉ!?虹だ!」
「凄ぇ…綺麗だな!」

 そう言って文次郎が笑うと、留三郎は一瞬驚いたように目を見開き、それから何を思ったのか傘を文次郎の方に突き出した。

「虹、取ってきてやる!」
「え?ちょっ、」

 文次郎の言葉も聞かず、雨の中に飛び出した留三郎。

「バカタレ!取れる訳ねぇだろうが!」

 うっかり傘を受け取り損ねた文次郎は、そのまま留三郎の背中を追い掛け、一緒になって走り出した。





 その後、いつの間にか只の追いかけっこ勝負に発展した二人の帰還は夜半過ぎとなり。

 すっかり濡れそぼった預かり物入りの風呂敷を前に、二人して顔を青くさせるはめになる。





 この時点でそんな未来を予期していたのは、結局文次郎の手に収まる事無く、哀れにも投げ捨てられた傘だけだったのかもしれない。


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