とりあえず早く変われ

※現パロ大学生



「もしもし、文次郎?」

『なんだ留三郎か。どうした?』

「いや、えっと、あのだな……お、お前の声が聞きたくなったというか、なんというか…」

『キモッ』

「う、うるせぇ!だってお前、放っといたら連絡すらくれないだろ!」

『え、そんな事ないだろ?』

「そんな事あるんだよ!その証拠に、俺の携帯!発信履歴はお前の名前で埋め尽くされてるのに、着信履歴にはお前の名前が皆無なんだぞ!?どういうことなんだよ、これ!」

『嫌がらせで、誰かが夜な夜な履歴を消している?』

「誰がするんだよ、そんな事!」

『じゃあ、霊の仕業か?』

「もっと現実的に!」

『それなら、あれだ。お前の携帯、壊れてるんだろ』

「そんな訳あるかあああああ!」




 留三郎がそう叫ぶと、電話の向こうの文次郎が小さく笑った。


『ところで留三郎、』

「…何だよ」






『いつまでそこにいるつもりだ?』





 突然そう言われて、留三郎は思わず携帯を耳から離し、その黒色の機械をまじまじと見詰める。


『携帯見たって分んねぇよ』


 聞こえてくるのは文次郎の楽しそうな声だけで、画面にその顔が写し出される訳でもない。
 留三郎は怖ず怖ずと携帯を耳に当てると、口を開いた。


「あの………潮江さん…“そこ”ってドコの事を指すのでしょうか……」

『あーもう、このバカタレ。お前、意外と鈍い奴だよなぁ。……それとも本当に只のバカなのか…?』


 言葉の最後の方は携帯を口元から離したのか、随分遠くに聞こえた。
 その後は、しばらく待っても文次郎の声はしない。
 耳をすますと、カサカサと紙の擦れるような音だけが聞こえる。


「ええっと……文次郎?」




 ――その時。
 カサリという音がして、留三郎は辺りを見渡す。

 すると、信号が青に変わったばかりの押しボタン式横断歩道の上に、紙飛行機が落ちている事に気が付いた。

 それを拾うと同時に、信号が点滅を始める。
 留三郎は横断歩道を引き返し、先程までいた場所まで戻った。




 そして、その紙飛行機を広げると、

 そこに現れたのは罫線の下に『大川学園』と印字されたレポート用紙。






 咄嗟に顔を上げる。

 横断歩道の向こう側。
 そこに建つ古いアパートの、3階ベランダ中央には人影があって。


 留三郎が顔を上げたコトに気が付くと、小さく手を振った。






「……………いつから見てたんだよ?」

『最初からだが?』

「先に言えよー、もーー!」

『いやぁ、いつ気付くだろうかと思って。しっかし、いつまでたっても気付かないんだもんなぁ』

「普通は気付かねぇよ!」

『そうか?…いや、お前の鍛錬が足りないんだろ』

「何の鍛錬だよ!?」

『“俺を喜ばせる鍛錬”』

「…精進します」



 電話越しに、小さな笑い声が聞こえる。



『おい、留三郎』

「………何だよ」

『早く上がって来ーい』

「………」


 横断歩道の向こうを見ると、文次郎はベランダに両腕を乗せて、こちらを眺めている。

 留三郎の耳元で聞こえる“コーヒーぐらい淹れてやるぞ”と言う声は、ベランダにいる男の口の動きよりも少し遅れて届いたのだった。





「………なぁ、文次郎。なんで俺が来るって分かったんだ?」


 歩行者用信号は奇しくも赤。
 横断歩道横に設置されているボタンを押下しながら、留三郎は疑問を口にする。


『お前が来るかどうかなんて、分かるはずないだろう』

「じゃあ何で…」







『…ただ“お前が来れば良いな”とは思ってた』







 信号が変わる速度は同じだと分かっていても、留三郎はボタンの連打をやめられなかった。


――とりあえず、

“早く変われ!”



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