僕等はその距離で恋をする

※成長パロ五年後設定
(六年団蔵×プロ忍文次郎)



 いつからだろう。
 二人の歩幅が、こんなにも合わなくなったのは。


***


 潮江文次郎が母校を訪れるのは、約一ヶ月ぶりであった。
 自身が学園を卒業してから、早五年。プロの忍者として某城に遣える身でありながら、ほぼ毎月のようにこの場を訪れてしまうのは、この学園に通う五つ年下の恋人に逢う為である。



「…潮江先輩ッ!!」

 夕焼けに染まる会計室の襖を開けると、そこには松葉色の忍装束に身を包む男が独り。
 文次郎の年下の恋人、現会計委員長である加藤団蔵は、算盤を弾く手を止めて驚いた顔を見せた後、一気に破顔した。

「来て下さったんですね!うわぁ、嬉しいなぁ!」
「まぁ、近くまで来る用事があったからな」
「“用事のついでに寄った”ですか?」
「ああ、そうだ」
「本当は、“お前に逢うついでに用事を片付けに来た”でしょう?」

 少しばかり意地悪な笑いを湛える団蔵に、文次郎は一言、このバカ、と小声で返して顔を伏せる。
 いつの間にか逆転した身長差では、下を向いた文次郎の表情を、団蔵から察することはできない。

「あれ?否定しないんですか?」
「!!」
「珍しいですね、いつも天邪鬼な先輩にしては」
「ち、違う!別にわざわざ、お前に逢いに来た訳では…!」
「先輩、」
「…何だよ」
「顔、真っ赤ですよ?」
「…バカタレ、夕日のせいだ」
「……意地っ張り」

 団蔵は、文次郎に覆いかぶさるようにして屈み、すっかり赤く茹で上がったその頬に、一つ口付けを落とした。


***


「すまんな団蔵、付き合ってもらって。せっかくだから、新しい本を借りたくてな」
「それは構いませんけど…(嗚呼、元々短い逢瀬の時間が、更に短くなっていく!)…潮江せんぱ〜い、早く戻りましょう?」
「ん?ああ、そうだな。じゃあ、この二冊を借りよう。図書委員は…お、今日はきり丸が当番か」
「へい、毎度ありー!」






 図書室を出て、会計室へと続く長い廊下を二人歩く。

 校庭から聞こえる笑い声
 落ちてしまった夕日
 左手に持った二冊の本
 歩く度に軋む廊下
 前を行く男の広い背中

 文次郎がふと気付くと、隣を歩いていたはずの団蔵は随分前を歩いていて。


 いつだっただろうか。
 二人の身長差がどんどん縮まって、“見下ろす”と“見上げる”の関係が逆転したのは。


 早歩きで追いついても、しばらくすると、またその差が広がる。


 いつからだろうか。
 二人の歩幅が、こんなにも合わなくなったのは。


 自然に広がる団蔵との距離に、文次郎は足を止めた。
 独り進んでいく背中。
 二人の距離は、なおも広がる。






 なぁ、団蔵。
 気付いているか?
 俺とお前の距離は、こんなにも遠い。


 もし、このまま距離が広がって、
 もし、そのままお前が振り返らなかったら、


 俺はいつか、お前を見失ってしまうのだろうか?















「どうしましたか、先輩?」

 振り返った団蔵が、廊下を小走りに戻ってきて、文次郎の目前に立つ。

「…いや、なんでも…」
「無い、とは言わせませんよ。そんな顔して」

 そして少し屈み込み、その右手を文次郎に頬に当てた。

「あまり、俺を焦らさせないで下さい」
「…焦らせる?」





「後ろを振り返ったら、先輩が付いて来ていなくて焦りました。見失っちゃったかと思って」





「え?」
「だから、」

 団蔵は左手で、一回り小さな文次郎の右手をそっと握る。







「離れないように、しっかり繋いでおきますよ?」







 いつからだろう。
 二人の歩幅が、こんなにも合わなくなったのは。


 でも、きっと大丈夫。


 真剣な団蔵の目を見詰め返した文次郎は、それなら一生離すなよ、と呟く。
 団蔵は、勿論です、と微笑んで、一つ一つの指を絡ませながら、その朱い唇に誓いを落とした。








 ほら。

 僕等の距離は、こんなにも近い。


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