最後の神無月




「燃えよ会計委員会!予算会議と書いて!」
「「「「“合戦”と読む!」」」」
「一番手は!?」
「体育委員か「先手必勝ッ!!」」

会計委員長に向かって飛んできた砲弾は、

「潮江先輩、危ない!」
「…え?」

横から滑り込んできた加藤団蔵の額に、見事命中した。


***


 後頭部に、硬い感触。
 何だよ、随分硬い枕だな。
 …あれ?そういえば、俺は何をしていたんだっけ?

 まだ意識が覚醒し切らないまま団蔵が目を開けると、目蓋の隙間から赤い夕日が差し込んできた。

「……ん……俺はいったい…」
「気が付いたか?」
「し、潮江先輩!?」

 目の前には、天井を背景にする潮江会計委員長の顔。

「俺…いや、僕はいったい…あ、予算会議!」
「もう終わったよ」
「…そうですか」

 嗚呼、情けない。

 あの時、団蔵は文次郎に向かって飛んできた砲弾を阻止しようとしたのだが、勢い余ってタイミングを逃してしまい、結果、真正面から砲弾を受ける事となってしまった。
 よくよく考えれば、文次郎程の者があの程度の砲弾を避けられないわけが無かったのだろうが、その瞬間の団蔵には、そこまで考えを巡らせる時間は無かった。むしろ、勝手に身体が動いてしまったので仕方がない。
 だが、それが原因で気を失って、しかも、会計委員会にとって最も重要な予算会議に出席できなかったとは。

 嗚呼、情けなさ過ぎる。

「伊作によると、軽い脳震盪だそうだ。少し安静にしていれば、すぐに治る。あと、額に瘤が出来ているから、後で冷やしておくように。…まぁ、最初は冷やしていたんだがな。残念ながら氷が溶けてしまった」

 確かに、額の中央部に痛みを、その内側からは熱を感じる。
 団蔵は、自分の額をひと撫でしたところで、その頭が何処に置かれているのか気が付いた。





 硬い枕。

 もとい、会計委員長の膝。

 その上に載せられた己の頭。




 俗に言う膝枕をされた状態で、団蔵は文次郎に介抱されていたのである。





 夕日を見るに、予算会議が終わってから、かなりの時間が経っている。その間、ずっと膝枕をしてくれていたのだろうか。
 団蔵が呆然としたまま目を見開いていると、文次郎の掌が、そっと額に置かれた。
 熱を持った額に、その体温は心地好い。

「痛むか?」
「…はい、少し」
「…すまん」
「え?」
「俺を庇おうとしたんだろ?」
「でも、結局失敗しました。大体、潮江先輩なら、あんな砲弾簡単に避けられたでしょう?僕の鍛錬が足りない証拠です。予算会議も早々にリタイアして、皆に迷惑をかけてしまいました。しかも、先輩にとって最後の予算会議だったのに。足を引っ張ってしまって、すみません。一番の大舞台で、力になれなくて、すみません。本当は、」





 本当は、もっと貴方の役に立ちたかった。







 額に置かれていた掌が、少し下にずらされて、団蔵の目元を覆う。

 文次郎は、その掌に感じる微かな水分を、静かに優しく拭っていった。


***


「…ということで、団蔵。更なる鍛錬の為、俺専用二十キロ算盤をお前に貸し出す」
「うわぁ…嬉しいような、そうでも無いような…」
「何か言ったか?」
「いえ何も」
「しっかりしろよ。俺の後を継ぐのは、お前なんだから」
「え?」
「さぁて、久しぶりに夜通しの鍛錬にでも……うぐッ!」
「!?どうしましたか潮江先輩!?どこか痛い所でも!?」
「あ、足…」
「足!?足を怪我したんですか!?」
「足……が痺れて、動けない…」


 心底悔しい、という表情を浮かべる文次郎を見ながら団蔵は、

 嗚呼、この人には一生敵わない。

 そう、改めて思ったのだった。


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