Endless Waltz 「別に、お前の事なんて本気じゃねぇーし!」 それは、ただの売り言葉に買い言葉。 いつもの喧嘩の最中、思ってもいない言葉をつい口にした。 「……………そうか分かった。なら、お前とはもう別れる」 突然動きを止めた文次郎は、悲痛な表情を一瞬だけ見せ、それから、目を伏せたまま留三郎の横を擦り抜けた。 *** 「お前は本当に馬鹿だな、留三郎」 放心状態で自室に転がる留三郎の元に現れた、六年い組の立花仙蔵の声には静かな怒りが含まれていた。 「うん、本当に馬鹿だよね、留三郎」 反して、衝立を覗き込む伊作は少々呆れ気味だ。 「……俺だって、こんな事言いたかったわけじゃねぇんだよ…。ただ、前の喧嘩癖が治らなくて、つい…。まだ殴ってくれた方がマシだったのに、あんな顔するなんて………あぁ、すげぇ痛ぇ」 留三郎は、ぐすん、と鼻を啜り、それを聞いた伊作が衝立越しに、痛いのは心でしょう?と呟いた。 「お前も傷ついたかもしれないが、文次郎はそれ以上だ。あいつがどれだけ悩んで、お前と付き合うようになったのか。それを知らないから、こんな馬鹿な台詞が口に出るんだ。お前、本当に文次郎と別れるか?こちらとしては大歓迎だぞ」 「それだけは嫌だ!」 「じゃあ、どうするべきか考えろ」 仙蔵は入口の襖に寄り掛かり、その美しい髪を、鬱陶しいと言わんばかりに後ろへ捌きながら留三郎を睨みつける。 留三郎が、ぐっ、と言葉に詰まったのを見かねて、伊作が衝立の向こうから再び顔を出した。 「ねぇ、留三郎。キミ、どうしてこんな事になったのか分かるかい?」 「それは…俺が思ってもいないことを言った、から」 「うん。それを言わなければ、こんな事にはならなかった。キミの言う通りだね」 「…ああ」 「でも、言ってしまった」 「………」 「なら、留三郎がやるべき事は何だろう?諦めて別れる事?それとも誤解を解いて仲直りする事?」 何だ、答えなんて最初から決まってるじゃないか。 「俺、文次郎のところに行って来る!」 パッと顔を上げた留三郎に対して、あいつなら井戸の近くでぼんやりしてたぞ、と言った仙蔵は、 「また同じような事を言ってみろ。その時は私の焙烙火矢の餌食にしてやる」 先程よりも柔らかい口調で、そう続けた。 *** 留三郎の想い人は、確かに井戸の淵に座り、ぼんやりと晴れた空を眺めていた。 その姿にいつもの覇気は無く、再び留三郎の心に、大きな後悔の念が湧き上がる。 「文次郎!」 留三郎が文次郎の正面に立つと、文次郎は一瞬目を見開き、それから顔を伏せた。 「文次郎、あの、俺、」 ごめん。 傷つけるような事を言って、すまなかった。 あれは、思ってもいない事だから。 お前のこと、ちゃんと本気で、好きだ。 言いたい事は沢山あるのに、元々負けず嫌いな自分の性格が邪魔をして、声が出てこない。 文次郎は、何も言わない留三郎にチラッと視線を合わせた後、一つ溜息をついた。 そして、控えめにその両手を広げたかと思うと、 「………今回は、これで許してやる」 と言って、顔を赤らめたのである。 「うあああああああ、ごめんよ、もんじろー!!」 留三郎は、文次郎の広げた両手の内側に己の身体を納め、それから文次郎の頭ごと強く抱き締めた。 自分の為に空けられた文次郎の懐は暖かく、だけど少し震えていて、それがまた、留三郎の胸を締め付ける。 「ごめん、本当にごめん!俺、お前の事本気だから!絶対、絶対、本気だから!別れるなんて、そんな事できない!好きだ、好きだ、大好きだ!」 学園中に響くのではないかと思えるような大声で、留三郎はひたすらに謝罪と愛の言葉を並べる。 …と、最初こそ大人しく抱き締められていた文次郎だったが、その内自分達の置かれている状況の恥ずかしさに気が付いてしまった。 ここは学園内でも人の出入りが多い井戸。別に二人の仲を隠している訳ではないが、後輩達にはなるべく知られたくない、そんな複雑な男心。 文次郎は、先程と同じくらいに顔を赤らめ、留三郎の腕の中でジタバタと抵抗を始めた。 「留三郎、もうやめろ!分かった、分かったから!お前の気持は分かったから!」 「俺はまだ足りない!」 「もう十分だろ!」 「文次郎から好きって言ってもらってない!」 「な、何で俺から言わなきゃいけないんだよ!」 「何だよ、俺のこと好きじゃないのか!?」 「そ、そういう訳じゃ…」 「じゃあ言えよ!」 「…うぐッ…」 「なぁ、文次郎…」 「……べ、別にお前なんて、好きじゃねぇよ!」 「なぁああんだぁあああとぉおおおおお!?」 「お前の事なんて、嫌いだ!このバカ!へたれ!」 「あーもーわーかーりーまーしーたー!俺だって、お前の事なんて、ぜーんぜん本気じゃないもんねー!」 それは、ただの売り言葉に買い言葉。 いつもの喧嘩の最中、思ってもいない言葉をつい口にした。 「よーし、そうかそうか。よーく分かった。…留三郎、覚悟はいいな?」 聞きなれたその声と共に大量の焙烙火矢が空を飛んで来る様子を、そして、見慣れたその美しい髪の男が文次郎を攫って行く光景を、留三郎が見ていられたのは、わずか数秒の間だけだった。 ←main |