ぼくのすきなもの




 とある休日の、麗らかな昼下がり。
 ふらりと文次郎の部屋に現れた留三郎は畳に寝転んで、机に向かって本を読む文次郎の事をぼんやりと眺めていた。

「……おい」
「ん?」
「見てんじゃねぇよ、顔に穴が開きそうだ」

 その熱視線に耐え切れなくなった文次郎が、留三郎に一瞬視線を移し、それからまた本に向き合った。
 いくら恋仲とはいえ、いや、むしろ恋仲だからこそ、長時間に渡って一心に視線を送られ続けるのは中々の苦痛である。
 何か用件があって来たのであれば、速やかに言えば良いものを。文次郎がそう言うと、留三郎はのそのそと身体を起こし、移動して文次郎の真横に座った。

「うーん……なぁ、文次郎」
「何だよ」
「質問して良いか?」
「面倒事で無ければな」

「あのさ、お前の好きなものって何?」

「はぁ?俺の好きなものぉ?」
「うん。お前の好きなもの」

 何だ、いきなり。どういう質問だそりゃ。そして、その質問の意図は何?
 本に栞を挟んだ文次郎は、机に片肘を付き、留三郎の方へ怪訝そうな顔を向けた。

「じゃあ、一例挙げてみる。用具委員会の山村喜三太が好きなものは?」
「ナメクジだろ」
「ご名答!」
「成程。会計委員会の田村三木ヱ門なら火器…差し詰め『春子』『鹿子』『さち子』の三人娘ということだな」
「そうそう!」

 留三郎は嬉々として首を縦に動かし、

「で、文次郎の好きなものは?」

と、しきりに答えを求めてくる。
 それを聞いてどうするのか、と言う言葉を喉元に留めた文次郎は、腕を組んで、そうだなぁ、と天井を見上げた。

「まず、鍛錬は好きだな」
「たんれん…」
「それから、鍛錬の後に風呂に入るのも好きだ」
「ふろ…」
「だが、たまの休日にゆっくりと過ごすのも悪くない」
「…………」
「…………何だよ、何で拗ねてんだよ」

 最初は期待を込めたような、キラキラした視線を向けていた留三郎だったが、今は生まれつきのアヒル口を更に尖らせて、あからさまに「拗ねています」というオーラを漂わせている。

「あ、でも、」

 留三郎が言葉を発そうとした瞬間、文次郎が思い出したかのように再度口を開いた。







「小平太達との鍛錬も勿論好きだが、お前とする鍛錬は更に好きかもしれん。楽しいしな」


「風呂も時たま、お前が背中を流してくれるだろ?あれは、気持ちが良くて最高だ」


「休日は…そうだなぁ。やっぱり、お前とこうして過ごすのが一番の至福だな」


「でも、あまりこちらばかりを見るなよ、バカタレ。気になって何も手につかん。この本は明日長次に返すんだからな…って、おい、留三郎?聞いているのか?何だ、どうした、なにがあった、なぜそんなに顔を赤くする?」










「ああああああああああもおおおおおおおおおおおお!」

 急にそう叫んだ留三郎は、文次郎の背中に両手を勢いよく回し、自分の腕に納まったその身体を、ぎゅうぎゅうと音がするほど強く抱き締めた。


「ちくしょおおおおおおお!何でお前は!いつもそうやって!俺の予想の遥か上を行くんだ文次郎おおおおお!」


 耳元で叫ぶ留三郎の声に、相変わらずうるせぇ奴だなぁ、と苦笑した文次郎は、

「あ、こうやってお前に抱きしめられる事も好きだな」

と付け加え、留三郎の背中をぎゅっと抱き締め返した。


おまけ→

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