翌夜の酔いどれ




「どうした、文次郎?」


 昨夜の文次郎の共犯者が、二日続けて学園に戻ってきた。
 その飄々とした顔を見て、文次郎の眉間に軽く皺が寄る。

「…別に」

 枯れた文次郎の声に、仙蔵はあからさまに驚いた顔をした。

「ひどい声だな」
「……飲み過ぎたんだ」
「たったあれだけで?大丈夫か?」
「…平気」

 文次郎はグッタリとだらしなく壁に寄り掛かりながら、仙蔵と話す。


 ………色々な所が痛くて、立ち上がれないんだよ。


「そういえば、文次郎。お前、留三郎に説教されなかったか?」

 そう言う仙蔵の表情は、どこか楽しそうだ。
 だが、実際は説教どころの話ではない。

「………された」
「だろうな」

 今回の事は全面的に自分が悪いというのは分かっている。
 しかし、仙蔵が拒否してくれればこんな状況にならなかったのに。
 仙蔵には言わないが、腹が減った。
 実は、今日はまだ水しか口にしていない。
 もう世間は晩飯も終わり、団欒の時間か、早ければもう寝る時間なのに。

「仙蔵も結構飲んだんだろう?二日酔いとかないのか?」

 まぁ、仙蔵の二日酔い姿なんて見た事ないけれど。

「おかげさまで、私は大丈夫だ。今日の忍務にも支障無し」
「…“おかげさま”って何だ?俺は何にもしてない」
「しただろ、強烈なヤツを」
「………」

 このヤロ………ワザとだ。
 わざわざそれを言う為に学園に帰ってきたのか?

「そっとしておいてくれ…悪かったよ」
「なぜ謝る?別によかったぞ。役得だ」
「……忘れてくれる優しさはないのか?」
「私が忘れる訳ないだろう。しかし…お前との口吸いは、いつも酒の味だな」
「………へ?」


 いつも?
 今、いつもって言ったか?


「では、私は忍務に戻る」
「こ、このタイミングでか!?」

 文次郎は仙蔵を引き止める為に立ち上がろうとして……予想以上の腰の痛みに、顔をゆがめた。
 その原因を知ってか知らずか、仙蔵は一つ綺麗に笑うと、無常にもその美しい手で襖を閉めたのだった。


















「“いつも”って何だ…?」


 声のした方を見ると、留三郎が床下からにょっきりと顔を出し、文次郎を見ていた。

 完全に目が据わっている。
 顔色は良いが、目の下に自分と同じくらいの隈を飼っている。
 これは…危機的にマズイ。

 文次郎は口を開くのも億劫になり、留三郎の目を無言で見詰め返す。


「なんだ、弁明無しか?…分かった、身体に訊く」


 あぁ…留三郎って怖い。
 これからは、あまり怒らせないようにしよう。


 文次郎の身体を抱え、ニッコリと笑った留三郎の顔を見て、文次郎は心の底からそう思った。





 とりあえず。

「留三郎、腹減った………」

 文次郎がポツリと呟いたその言葉が、留三郎の耳に届く事は無かった。












 本日の教訓。

 ……酒は飲んでも、飲まれるな。



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