暮夜の酔いどれ




「おーい、文次郎…」

 食満留三郎が六年い組長屋の襖を開けた瞬間目に飛び込んできたのは、自身の恋人とその同室の男が向かい合…もとい、見詰め合っている姿であった。



「せんぞー、ちゅーしよ?」
「おや、文次郎。随分と積極的だな…。ほら、目を閉じろ」
「ん…」



「え、おい、ちょ、ちょっと待ったあああああああああ!!」



「…なんだ留三郎、邪魔をするな」

 そう言いながら不機嫌そうに眉を潜めた立花仙蔵の手は、ちゃっかりと潮江文次郎の頬を覆っている。

「何だ?じゃないだろ!ヒトの恋人に、何やってんだ仙蔵!」

 慌てて部屋の中に入っていくと、真っ赤な顔をした文次郎が、留三郎を見てへらりと笑った。


 …嗚呼、何だか嫌な予感がする。


「……文次郎、もしかして…」

 いつもは決して見せないような口元の緩みといい、眉毛の下がり方といい、楽しそうに揺れる身体といい、

「酔っていらっしゃる…?」

 その夜の文次郎は、間違いなくただの“酔っ払い”であった。


***


 留三郎が仙蔵から聞いた話を要約すると。

 現在、仙蔵はある忍務に就いている。
 今宵は学園へ経過を報告するために一時帰寮したが、その際、依頼主から土産として日本酒を預かった。折角だからと、同室の文次郎に飲ませてみたところ、度を過ぎたのか酔いつぶれたとのこと。

 成程、了解。
 原因は分かった。
 だが、しかし。




「はい、せんぞー、ちゅー」
「こらこらこらっ!“ちゅー”じゃ無いだろ、文次郎!」
「そうだぞ、文次郎。留三郎の面前ではマズイだろう」
「俺の面前じゃ無かったら、もっとマズイっつーの!」


 何だ、この酔い方は!?


 留三郎いとしの姫は、尚も悪魔の手の中。
 しかも、姫は酔った勢いでキャラが崩壊しておられる。

 これはマズイ。非常にマズイ!

 留三郎が脳をフル回転させ、どうにか打開策を導き出そうとした途端、仙蔵の手が文次郎の肩に移動した。
 二人の間には、その腕の長さ分だけの距離が出来る。

「文次郎、訊いてくれるか?残念だが、私はそろそろ忍務に戻らなくてはならない」
「にんむ…」

 やった!悪魔は去る!

「………」
「ん?どうした?」

 文次郎はしばらく不思議そうに仙蔵を見ていたが、急に両手を上げると仙蔵の頭をガシリと掴んだ。

「せんぞー」
「こら。痛いぞ、文次郎」

 そのままグイグイ引き寄せられて、文次郎と仙蔵の距離が縮んでいく。
 至近距離で仙蔵の目をじっと見ていた文次郎が、ふいにヘラリと笑った。

「ちょっ…もんじ……」

 留三郎は、嫌な予感がして文次郎の方に手を伸ばす。
 が、あと一瞬、間に合わなかった。



 首を伸ばして、チュッと。



 さすがの仙蔵もこの不意打ちには驚いたらしく、顔を赤くして固まった。

 こんな仙蔵の顔、滅多に見れるもんじゃない。
 普段クールな男の、純情な一面を見てやったぜ。
 さすが文次郎………




「って違あああああああああああう!!何やってんだああああああ!?」
「いや、今のは私のせいではないだろう」
「ぐっ…!そうだけど!そうだけれどもッ…!」

 まさに正論。
 怒りに任せて怒鳴りたくても、返す言葉が無い留三郎はそれをぐっと飲み込むしかない。

「ほら、文次郎。私は本当に行かなくてはならないから、今日はもう寝ろ」

 仙蔵は、文次郎の額を撫でた後、既に敷いてあった布団の上にその身体を横たえさせた。

「留三郎、どうせここに寝るつもりで来たんだろう?文次郎を頼んだぞ」
「頼まれなくても、しっかりがっちりばっちり面倒見るっつーの!」

 ふっと笑った仙蔵の表情に“余裕”を感じて、それがまた留三郎の怒りを助長させる。

 隣には、既に穏やかな寝息を立てる文次郎。




 さて、どうしてくれようか…。



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