クララ




 根を噛むと、凄く苦いらしい。
 それでも離せないのは、なぜなのだろう。



***



「文次郎、出迎えの抱擁は?」

 なんだ、この面倒くさい奴。

「するわけないだろ。何しに来たんだ、留三郎」
「何って…そりゃ、お前に会いに」

 さも当然、と言わんばかりの留三郎の答えに、俺は大きなため息をついた。
 鍛錬やら委員会やらで、俺が夜中部屋にいないことを知っているこいつは、最近は昼でも構わず、ずかずかとあがりこんでくる。
 全く、図々しい奴だ。

 そんな俺のご機嫌を取る為なのか、留三郎は持ってきた包み紙から大福やら団子やらを取り出した。
 俺の好物ばかりが登場して、確かに少しは機嫌が良くなったけれど。
 お前が来て嬉しいなんて素直に言える性格でもないので、何でもない顔をしながら留三郎の腕の動きを見つめていた。

「…何だこれ……薬?」

 その中に、他とは明らかに毛色が違う、白い薬包紙を見つけてつまみ上げる。

「え?ああ。伊作が調合した薬が紛れこんだんだろ。……これは確か、眩草だったかな」
「“クララグサ”?」
「おう。普通、“クララ”って略して言うらしいぞ。可愛い名前だろ」
「なんだ、詳しいな」

 少し褒めただけのに、なぜか気を良くした留三郎は、伊作の受け売りであろう解説を始めた。

「花の見た目も結構可愛いんだけどな、毒があって、危険な花らしいぞ。何も知らないで近づくと、痛い目を見るそうだ」
「へぇ」
「これ、何かに似てると思わないか?」
「は?」

 こっちを指差して、笑っている。

「可愛いのに毒持ち。…見た目は結構可愛いけど、口を開けば喧嘩口調ですぐつっかかって来る」
「何だ、そりゃ」

 俺が可愛いとかお前頭沸いてるだろ、と言おうとしたら、その前に口が塞がれた。
 そうやって手が早いから、噛みつかれて痛い目見るんじゃないのか?
 だいたい、口を開けば喧嘩口調って、お前もそうだろうが。





 毒を持っている綺麗な花。

 でも、皆そうだろ。
 見えないところに、汚いものも、怖いものも、全部隠し持っている。

 俺もお前も。
 出来れば隠し通したい、そのくらい醜い毒の部分。
 触れようとすると、毒にやられる。

 それに、全部さらけだすのは、本当はとてつもなく怖いことじゃないのか。


「……っ、」
「はぁ、」


 おい、留三郎。
 俺の全部をお前は見たか。
 毒を受けたか。

 それでも傍に居てくれる、お前は一体何なんだ。



***



「”クララ”ってな、」

 すっかり日の落ちた部屋で、俺はだるい体を布団に埋めたまま、留三郎の静かな声を聞いていた。

「根っこを噛むと、クラクラするほど苦いからクララって言うらしいぞ」

 おいおい、駄洒落でついた名前なのか、…っとと、

 留三郎にふわりと抱き寄せられて、肩先に唇が触れる。

「やっぱ、文次郎に似てるよなぁ」
「は?」


「俺いま、物凄くお前にクラクラしてる」


 留三郎の口元が、ふっと笑みを零す。

 俺の頬が少しばかり染まったのは、部屋の薄暗さに隠れただろうか。





 …根を噛むと、凄く苦いらしい。
 それでも離せないのは、なぜなのだろう。

 答えは簡単。
 その苦さが時に心地よくて、やめられなくなるんだ。

 その証拠に。
 俺もお前の毒にやられて、実はかなりクラクラしてしまっている。


「その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよ」


 俺達が傍にいる理由なんて、もしかしてこれで十分なのかもしれない。


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