小さな鈴の音にのせて




「もんじ」
「……ん…」

しがみついてくる手の力が愛しい。

「俺は絶対捨てたりしないから」
「…………」

鼻をくすぐるフワフワの耳が気持ちいい。

「捨てるだろ…」
「捨てない」
「前だってそう言ってたのに、捨てられた…」

全く。
もんじをここまで傷つけた前のご主人様とやらを、殴ってやりたい。

「捨てない」
「なんでっ…」

できもしないやくそくするな、と。
責めるように強く言ったもんじの、濡れた柔らかい頬を両手で挟む。

「とめ……」
「もんじが好きだ」

もしかしたらそれは恋愛じゃなくて。
ただのペットへの愛情かもしれないけれど。
それでも。

「世界で一番大切なんだ…」

これだけは、絶対だから。

「…………」

俺の言葉に驚いたもんじの、無防備な半開きの唇。

ちゅっ。

ますます目を丸くするもんじに、思わず笑みが溢れた。

「もう離さないから」

ほら。
普段はこんなこと、口が裂けても言えない俺だけど。
もんじを失わないで済むのなら、サラリと言えてしまう。

だから



「信じて」




「…………」

沈黙。

もんじが瞳を伏せて、俺から目を反らす。

やっぱり駄目か?
裏切られた気持ちを修復することは、容易じゃないことぐらい分かってるけれど。
想いを信じてもらえないのは悲しい。

「………」

悩ませたかったわけじゃない。
苦しませたかったわけじゃない。

もういい、すまなかった、と言おうとしたその時。

「あ、」

チリン。

音を立てて、緑色のリボンと共に落ちる鈴。
持ち主を失った鈴はリボンから離れて、音を立てながらコロコロと転がった。

もちろん。

リボンをほどいたのは。

「…もんじ?」

前のご主人様にもらったものだから、と。
あんなに、肌身離さずつけていたのに。

「もんじ、鈴が…」

拾いに行こうとした俺のシャツの裾を引っ張っる、小さな手。

「いいんだ」
「え?」
「もう、アレはいらないから」

もんじは、俺のシャツを引っ張りながら。
首を振って、涙目で幸せそうに笑う。

「だって、とめさぶろうが、おれの新しいごしゅじんさまなんだろ?」
「ご、ご主人様!?」

おいおいおい。
なんて言うか。
確かに、猫であるもんじからしたら“ご主人さま”なんだろうけれども。

「ええっと…ご主人様はやめよう」
「何でだ?」

いや、可愛いけど。
確かに、男のロマンだけど。

だけど。

「別に俺は、もんじの“飼い主”になりたいわけじゃないんだ」
「??」

首を傾げるもんじに、思わず苦笑。
あーあ。
何が“ペットへの愛情”かもしれない、だよ。
“飼い主”と思われることが嫌なペットなんて、いるわけないだろ。

と言う事は。
あの時、伊作に言った言葉。
あれはやっぱり間違っていなかったんだ。

「俺はもんじの“たった一人の大切な人”になりたい」

だから。
ちゃんと呼んで欲しい。
“ごしゅじんさま”だなんて、一つの大きな輪の中に俺を入れないで欲しい。

「留三郎って呼んで」
「え?」
「ちゃんと、俺だけの名前で呼んで欲しいんだ」
「ごしゅじんさまなのに?」

もんじは納得いかないのか、ブツブツ言いながら何度も首を傾げる。
まだまだもんじの中で俺は“ごしゅじんさま”らしく、ちょっと寂しい。
だけど。

「んー…とめさぶろう」

渋々呼ばれた名前に、ついつい笑ってしまう。

でも大丈夫。
これからは、ずっと一緒だし。
いつかもんじの“たった一人の大切な人”になってみせるから。

「これからもよろしくな、もんじ」

差し出した手に素直に絡む、俺よりもちょっとだけ小さな手。

そういえば。
もんじの手を握るのなんて、初めてだ。

「…よろしく…してやる…」

だからおにぎりに使う塩は天然モノにしろ、と赤い顔で意地を張るけれど。

しっぽを嬉しそうに横に振って。
握った手は離すまいと、力を込めて。

そんなもんじの姿を見て、穏やかに思う。



あの日カミサマがくれたものは

可愛い猫だけじゃなくて

幸せな未来、だったんだ。


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