小さな鈴の音にのせて




カチャ。

扉が開いて。

立っていたのは耳と尻尾を服で隠したもんじだった。

「あ、もんじ…」

尻尾を隠すと変な感じだからと、普段はブカブカのTシャツ一枚のもんじなんだけど。
しっかりズボンを履いて。
しかもご丁寧に帽子まで被って。

「どうした?」
「ん…」

曖昧な返事をして、もんじがチラリと彼女を見た。

…それは悲しそうな目で。

でも、それは一瞬の出来事。

「…さんぽ、行って来る」

パタパタと家を出て行くもんじに、漠然と感じる不安。

チリン。

鈴の音が部屋に響く。

チリン。

何でいきなり散歩?

チリン。

そういえば一人で外を出ることなんて、初めてじゃなかったか?


「…今のがお友達?」
「あ…うん…」
「そうなんだ…邪魔しちゃったかな?」
「いや、そんなことないんだけど…」

意思に反して、勝手に言葉を紡ぐ俺の口。
本当は今すぐにでも追いかけたいのに。

「もしかして…あの人猫好き?」
「え、何で?」
「だって…猫捨てた話したらいきなり出て行ったから…」

不安が、急に胸の中で膨らんだ気がした。

「……っ…」

まさか。

聞いていた?

今の話を。

「…ちょっと待ってて」

嫌な予感がして、慌てて隣の部屋に入る。




床に転がっている鉛筆。

広がったままのひらがなドリル。

何度も消しては使い、消しては使い、だったから、もうボロボロになっているけれど。


そして。


ドリルの傍に

一枚の手紙。








『とめさぶろうえ
めいわくかけるまえにでていきます○さようなら』








相変わらず「め」の字は変な形だし。

「う」は左右逆だし。

「へ」じゃなくて「え」だし。

「。」が大きすぎて「○」になってるし。


「なんで…っ、」


だけど。


「なんで迷惑なんて思うんだよっ!?」


手紙を床に叩きつけて、力が抜けたように座りこんだ。



「何やってんだよ、俺…」

ドアの隙間から、こっそり覗いていた姿を思い出す。
もんじは“自分が捨てられた原因”と仲良く話す俺を、どういう気持ちで見ていたんだろう。



“おれがここにいたら、じゃまかもしれない”

“また捨てられる”

“もうあんな、かなしい思いはしたくない”

それなら、





―捨てられる前に出ていこう…―





「もんじ…」

人間になりたい一心で、必死に覚えた字だったのに。
こんな悲しいことに使わせてしまう自分が悔しくて。

「…っっ!!」

ショックで力の入らない足に無理矢理喝を入れて、彼女の引き留める声にも耳を傾けず、部屋を飛び出した。



「食満くんっ!?」

外は小雨。
水溜りを作る道路。

…どこにいるんだ?

自慢の尻尾が濡れちゃうだろ?

雷が鳴ったらどうするんだよ。

口では強がっていたけれど、耳を垂らして怖がってたことくらい、知ってんだよ。

「もんじ…」

走って走って、それでもまだ走って。
汗をかく程、身体は熱くなっているはずなのに。

頬を濡らす雨だけが、とても冷たく感じた。







結局。
もんじは見つからないまま。


二週間が過ぎた。


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