小さな鈴の音にのせて




平謝りで約束を断ってから、4日。

約束していた日曜日が巡って来た。
もちろん俺はもんじと一緒にいる。

「とめさぶろう、書けた」
「あ、本当だ。上手になったな」

もんじも最近はずいぶんとご機嫌に、飽きもせず毎日ひらがなの練習。
最近では上手く書けた文字を、わざわざ見せに来るようになった。
最初はあんなに嫌がってたのに、物凄い進歩だ。
急速に、もんじとの距離が縮まっていくのがわかる。

「でも“め”が書けないんだよな」
「そうなのか?俺の名前の文字なのになぁ」
「………」

確かに。
もんじの“め”はどこか形が変。

「……ぎんぎんにがんばる」

そう言って、再びもんじが俺の横で鉛筆を走らせる。

…鉛筆の持ち方もおかしいんだよな。

握り締めてるみたいで、何とも書きにくそう。

「もんじ、鉛筆さ…」



ピンポーン。



軽く注意しようと思った、そのとき。

インターホンの音が部屋に鳴り渡った。



「誰だ?」
「おれ、あっちのへやに行ってる」
「ああ、悪いな」

このときは、本当にもんじに申し訳ないと思う。
こんな事ばかり聞き分けが良いもんじだから、余計に。

だけど、もんじを堂々と、人に見せるわけにはいかないし。
それこそ大騒ぎになってしまう。
下手したら、強制的に離れさせられるかもしれない。

「はーい…」

全く誰だ。
もんじとの幸せなひと時を邪魔してくれたのは…と、渋々玄関のドアを開ける。

何でこのとき、すぐにドアを開けてしまったんだろうと、後から悔やんでも仕方が無い。





「食満くんが会えないって言うから、来ちゃった!」

見覚えのある顔にクラっとする。

「…ど、どうして家分かったんだ?」
「え?合コンのとき教えてくれたじゃん」

…どこまで迂闊なんだ、俺。

気付かれないように、こっそり肩を落とした。
来てくれたものを追い出すわけにもいかず、とりあえずリビングに通す。
…もんじに、別部屋へ行ってもらっていて良かった。

「家で暇してたの?」
「あ、いや…友達が来てて…」

ソファに座って聞いてくる彼女に、しどろもどろ下手な言い訳をしながらも。
隣の部屋にいるはずのもんじが気になってしょうがない。

何をしてるんだろうか?

やっぱりひらがなの練習?

寂しくなったりしていないだろうか?

ちらりと、もんじのいる部屋のほうを横目で見る。

「「…………」」

すると、ドアの隙間からこちらをみる大きな目とかち合う。

何やってんだか…と、おかしくなってしまう。

もう少しだけ待って。
なるだけ早く、一緒にいてあげられるようにするから。

「食満くん」
「ん?」
「前に言ってた猫は?」

ああ。
そういえば、猫飼ってるって言ったっけ。
そんなことを思い出して、冷や汗をかく。

「えっと……」

困った。
まさかもんじを呼んで「これが俺の可愛い猫でーす☆」なんて言えない。

「今は、ちょっといないんだけど…」
「あ、そうなんだ」
「うん」

本当は隣の部屋にいるんだけど。

君よりも

可愛くて

愛しくて

どうしようもない猫が。

「なんか私、猫に縁があるなぁ」
「え?」
「前の彼氏もね、猫飼ってたの」
「へえ、そうなんだ」

もう君の元の彼氏の話を聞いたって、悔しくもなんともない。

「私が猫苦手なの聞いてね、一緒に暮らしたいから〜って捨てちゃったんだけど」

………。
何で笑って話せるんだ?
神経が分からない。

「小さな茶毛のブチ猫だったかな。まあ、猫の中では可愛いほうだったと思うよ」

そこまで聞いて、思わず顔を上げる。

捨てた?

茶毛のブチ猫を?

「その猫…緑色のリボンに鈴、つけてなかった?」

まさか。

まさか、だろ?

心臓が早鐘を打つ。



「ああ、つけてた!その彼氏がつけてあげたらしいんだけどね!」


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