小さな鈴の音にのせて




「もんじ、ただいま」

昨日のような、返事はない。
せっかく仕事を切り上げて、早目に帰ってきたのに。

「もんじ?」

そっとリビングのドアを開ける。
真っ先に目がいくのは、もちろん定位置のソファの上。

…いた。

寝転がってしっぽをゆらゆらと揺らしている姿に、安堵のため息を吐く。

「もんじ」
「…あ」

チリン。

鈴の音を鳴らして、もんじが起き上がった。

「どうしたんだ?電気もつけないで」
リビングの電気をつけると、もんじが眩しそうに目を細める。
…一日中つけなかったんだろうか。
いつもなら使わない部屋の電気までつけて、俺に怒られるのに。

「…とめさぶろう、今日けーたいでんわ忘れて行ってたぞ」
「あ、そうそう!昼間焦ったんだよなぁ」

開くと受信メールが3件。
全部、あの女の子から。

……ん?

既読メールに、見覚えのない添付メールを発見。
受信日は今日の昼。
送信者は、もちろんあの女の子。

「………」

別に躊躇う理由もないので開いてみると、画面いっぱいに犬の顔。
多分これが添付ファイルだろう。
あとは、自分が飼ってる犬の可愛さとか賢さを、延々と語る内容の文章。

「…猫飼ってるって言ってる奴に、送って来るメールじゃないだろ…」

それに、悪いけど正直あまり興味がない。

「なあ。このメール、もんじが開いたのか?」

怒られる、と思ったのか、もんじは耳を伏せて小さく頷いた。

チリン。

本日2度目の鈴の音が鳴る。

「……ごめん」

珍しく素直なもんじに苦笑。
いつもなら“置いてったとめさぶろうが悪い!”と、ふんぞり返ってるはずなのに。

「どうしたんだ?元気ないな?」

具合でも悪いのか?と、聞いてみても、もんじは軽く首を横に振るだけ。

うーん…。

「…あ、そうだ!実は今日……新発売のおにぎりを買って来たんだぞ!」

ちょっと高かったんだけどな!と、わざとテンション高めにもんじの前に差し出した、『塩麹入りの鮭わかめ』のおにぎり。

「おお、うまそーだ!」

素直に笑みを浮かべておにぎりを受け取るもんじの頭を撫でて、ソファに腰掛ける。

「…ん?」

ソファの前にあるテーブルの上に広がる、丸められた落書き帳。

広げると、昨日と同じ“う”の文字。

…相変わらず左右は逆だけど。

他の紙も広げると、同じように色々な文字が紙一面に書いてあった。

「…………」

まだ書店は開いている時間。

「もんじ、俺ちょっと出かけてくる!」
「でかけるのか?どこに?」

途端に不安げな顔をするもんじに、出来るだけ優しく笑顔を返して。

「ちょっと買いたいものがあるんだ!」
カバンの中から財布だけ取り出して、外へ飛び出した。


走って5分の小さな書店。
どうかありますように…と祈りながら、学習参考書のコーナーへと向かう。

「あ、あった!」

お目当ての商品を発見。
急いで掴んでレジで支払いを済ませ、再び走って家へと帰る。



俺は、何でこんなにムキになっているんだ?

ペットなのに。

ただの拾い猫のはずなのに。

ペット?

本当にそれだけ?

それとも?



……まぁ、何でもいいや。

とにかく早く見せたい。

そしてもっと、もんじの喜ぶ顔が見たい。


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