108×2

※現パロ大学生



 久しぶりに実家で過ごした大晦日。

 アイツから電話があったのは、一月一日。

 いわゆる“初電話”。

 内容は、


 “初詣に行こう!”



***



「………」

 キョロキョロと周りを見回すけれど、留三郎の姿はどこにもない。

「うむ、初迷子だな」

 そんなことを一人ぼやきながら“何でも初をつけるのはオッサンの証拠だぞ”という、留三郎の言葉を思い出した。

「だから元旦は避けるべきだと言ったのに…」

 ブツブツと、ここにはいない留三郎に文句を言いながら。
 人ごみに流されないように道の端にそっと移動して、ひと息ついてみた。

「それにしても…」

 人。

 人人人人。

 どこを見ても、人。

 さすが、県内で一番参拝客の多い神社なだけある。
 初詣だからと、ある程度予想はしていたけれども、さすがにうんざりだ。
 人ごみが好きではないから近所の神社で済まそうと言った俺を、無理矢理連れ出したのは、今ここにいないあの馬鹿。

「なのに、何で目を離すんだ…」

 自分の事は棚に上げて、と思いながらも何だか腹が立ってくる。

 俺から一瞬でも目を離した留三郎に。

 俺にこんな思いをさせている留三郎に。

 あんなやつ無視して帰ればいいのに、それが出来ない自分に。

「こんなところで初怒りしても仕方ないな…………帰るか」

 人ごみに酔ったのか、何だか熱っぽい気がするし。

 携帯は電池切れだし。

 こんな人ごみの中で、留三郎が俺を見つけだすなんて、絶対に無理だし。

「………」

 流れて行く目の前の人ごみに、再び目を向ける。




 おまもり、

 屋台、

 木に結われた白いおみくじ。



 親子連れ、

 受験生、

 幸せそうな恋人たち。




 留三郎となら、苦手な人ごみもきっと楽しかったはずなのに。

「……留三郎の馬鹿」

 新年からこんな思いをするなんて。

 初詣なんか来なければよかった。

 苛立つ気持ちを抑えながら、人波の向こうに見える鳥居に背を向けて、再び人ごみの中に身を投じた。













「文次郎!」





 ……どうも熱っぽいと思ったら、俺はどうやら風邪をひいているらしい。

 その証拠にほら、ここに居もしないはずの留三郎の声が聞こえるのだから。

「おい、ここだ文次郎!」




 …………。




 ん?

「すまない!俺が目、離したから…!」

 目の前の光景が信じられなくて、ごしごしと目を擦る。
 ぼやけた視界に映る、八の字眉の留三郎。

「うわあ…」

 凄い。

 ありえない。

 何でいるんだよ。

 数え切れない人の中。

 俺だけを探し当てるなんて、砂の中からダイヤを見つけるような、そんな確率なのに。

「ごめん、寒かったよな…げっ、滅茶苦茶冷たいじゃねぇか!」

 自分の体温が吸い取られることなんて気にも留めずに、俺の頬をこするように撫でる心地良い手の感触に。

 愛されてるな、俺…なんてことを。

 正月早々、初確認してしまったりして。

「………」
「文次郎?」

 何も言わないままの俺の顔を、恐々覗き込む情けない表情の留三郎。
 そんな顔ですら、愛しいと思ってしまうなんて。





 どうやら今年も俺は、変わらずお前のことが好きみたいだ。





「なぁ、留三郎」

 つんつんと、留三郎のジャンパーの裾を引っ張って。

「おみくじが引きたい」
「へ?あ、うん」

 まぁ、きっとこんな気持ちでおみくじ引いたって、大吉しか出ないだろうけど。

「賽銭、お前が出せよ」
「お、おう」

 どうせ俺の願い事なんて、お前と一緒。
 賽銭が留三郎持ちでも、神様は多めに見てくれるはず。

「甘酒も飲みたい」
「……ああ」

 飲み過ぎないように、今度は目を離すなよ?

「あと…」
「ま、まだなんかあるのか?」
「ちょっと耳かせ」
「ん?」

 人ごみに隠れるように。





 留三郎の腕を引き寄せて。





「………アリガト、見つけてくれて」





 冷たい耳たぶに、そっとキスをした。





「……はっ!?」

 一気に耳まで赤くなった留三郎を置いて、鳥居へと歩き出す。

「ま、待てよ文次郎!」

 繋がれる手。
 素直に握り返すと、何とも複雑な顔をした留三郎が、前を見たまま呟いた。

「…お前、新年早々やってくれるなぁ。………ヤバい、なんか色々我慢出来ない」
「なんだそりゃ。もう一回除夜の鐘に煩悩洗い流してもらって来い、バカタレ」



 俺が笑って。

 お前も笑う。

 今年も。

 その次の年も。

 またその次の年も。

 ずっとずっと、こうやって過ごせたら良いなと思う。



***



 そうこうしているうちに、賽銭箱まではあと五メートル弱の位置まで来た。

 財布の中から小銭を取り出した留三郎の横顔に話しかけてみる。

「なぁ。ところで留三郎、知ってるか?」
「何を?」
「耳へのキスって、」







 “『誘惑』って意味があるんだぞ”







 再び一気に耳まで赤くなり、動かなくなった留三郎の手から、小銭を勝手に拝借して賽銭箱へと投げる。

 手を合わせて願う事はただ一つ、お前と俺の幸せ。

「よし、次は留三郎の分。…なぁに、どうせ願い事なんて俺と一緒だろ?」

 俺の言葉に頷くだけで精一杯の留三郎の手から、小銭を更に拝借して。

 もう一回除夜の鐘に煩悩を洗い流してもらうべきなのは、むしろ俺の方なのかもしれないと思いながら、再び賽銭箱へと小銭を投げ入れた。


←main