伊作はその日も遅くまで薬を調合し、いつも通り部屋を異臭で充満させていた。 「伊作…」 伊作は驚いて薬研を止めた。伊作とて忍の卵だ。友人が戻ってくる気配も感じていたし、不運慣れして神経の図太くなった彼が何かに驚くことなどそうそう無い。音もなく開いた障子の向こうに立っている同室の友人がその鋭い双眸をどろりと暗く濁らせていたことに驚いたのだ。 「…俺ぁもう生きていけねぇ」 「と、留三郎…?」 問うように名を呼べば留三郎は懐からクナイを取り出した。 「文次郎を殺して俺も死ぬ!」 『溺愛ヒステリック』 「少しは落ち着いたかい?」 咄嗟に調合用のすりこぎを投げつけてクナイを弾き飛ばし、薬草がどっさり入っていた籠を彼の頭に被せた伊作は留三郎に尋ねた。 「留三郎、教えてよ。何があったんだい?」 留三郎が頷くと被ったままの籠の中から薬草と土が零れる。 「…文次郎…」 「文次郎?」 激しく上下に首を振った途端、籠が留三郎の頭から飛んで畳に薬草を撒き散らした。 籠の下から現れた鋭い目は血走り、普段よりも凄味を帯びている。 「…あの野郎、浮気しやがった!」 「ぇえ!?」 潮江文次郎といえばこの男、食満留三郎のライバルであり、愛しい愛しい恋人である。 どのくらい愛しいかと問われれば二人きりで会うときはライバルである時と一変し、それこそ砂糖を煮詰めて砂糖菓子にかけるくらいどろどろに文次郎を甘やかしていると言っても過言でないくらいだ。 「文次郎が浮気するなんて、何かの間違いじゃない?」 「俺は見たんだ!夜更けにろ組の部屋から出てくる、衣服の乱れた文次郎の姿を!」 「単に小平太とじゃれてたかも…」 留三郎が畳に拳を叩きつけ、伊作は口をつぐんだ。 「あいつの首元に赤い跡が付いていた!ひとつじゃねぇ、何個も!これをどう説明するんだ!え!?」 「それは…」 「怪しい!いつも鍛練鍛練って夜はあいつらと一緒に走り回って、昼は仙蔵と一緒に授業を受けて…俺と一緒にいなくたってあいつは全くこたえてねぇんだ!あいつは俺がいなくても…」 「留三郎…」 留三郎は膝の上で爪が食い込む程に拳を固める。その上にポタポタと雫が落ちた。 「俺、俺は…こんなにも文次郎に会いたくて仕方ないのに…」 見れば先程のどろどろとした表情は消え、今度は大粒の涙を落としている。さすがに同情した伊作が押し入れから手拭いを取り出して渡した。 「……原因が何であれ、文次郎に理由を聞かずに行動するのは君の悪いところだよ。早とちりだったらどうするの?いくら自分が変態で、頭悪くて、九年目のプリンスで、アニけされたからって、そんなに自信を無くすことはないだろう?」 「…今ので無くなったよ…」 「無くしたなら取り戻して!今はとにかく真相を突き止めなくちゃいけないだろう!?文次郎にだって何かしら理由はあるよ!留三郎、お前は誰よりも文次郎を愛しているんだろう!?言ってみろ!」 「あ、あぁそうだ!俺は誰よりも文次郎を愛している!ろ組の奴らより絶対に幸せにしてみせる!」 ガラッ!と障子が開いたのはその時だ。 「…おう、伊作いるか?」 そこには鍛練でボロボロの文次郎が立っていた。 「……も、文次郎…!」 「おー、伊作ー!」 文次郎の後ろから同じように鍛練でボロボロとなった小平太と長次が現れ、留三郎が眉間にシワを寄せた。 「……文次郎!」 「あ?」 留三郎が文次郎の胸ぐらを掴み、引き寄せた。突然のことにバランスを崩した文次郎には防ぐ術など無く、そのまま唇を触れ合わせることになる。 「っっっ!!!?っばばかたれぇい!急に何を、」 「俺は文次郎を信じる!」 留三郎の言葉に文次郎の動きが止まる。 「俺が一 留三郎の言葉に文次郎の動きが止まる。 「俺が一番お前を幸せにしてやれる。お前を幸せにしたい!だから文次郎、俺だけにしろ!!」 「ーーーーーーっ何の話をしているのか皆目見当もつかんわ!!それよりも伊作!虫刺されの薬をくれ!痒くて敵わん」 言ってバリバリと掻きはじめるのは首や背中に付いたいくつもの赤い跡。 「…………………虫刺され?」 「ああ。今年は特に暑いだろう?だから裏裏山に藪蚊が大量発生しているらしくてな、鍛練している間に随分と刺されてしまった」 「だって、お前…ろ組の部屋から」 「小平太が貰っていた痒み止めを塗ってもらっていたんだ。小平太は特に蚊に食われるから伊作にまとめて作って貰ったと聞いたから……留三郎!?」 留三郎は文次郎に抱きついていた。その力があまりに強く、万力のように文次郎を締め付けたものだからどんどんと渾身の力を込めてその背を叩く。 「さっきから何なんだ!」 「いや…その」 ようやく離れた留三郎を睨めつければ今度は伊作が間に入ってくる。 「文次郎、痒み止めの薬は留三郎に持たせておくよ。君は以は僕が塗っておくけど、今後虫に食われたら留三郎に塗ってもらうこと!」 「はぁあ!?何でこいつに、」 「恋人だろう?」 周囲に聞こえないよう囁けばその耳がボッと赤く染まる。 「恥ずかしいのはわかるけどさ、もう少しだけ、彼氏に優しくしてあげたら?」 「〜〜〜〜〜っ…う、るさい!」 敢えて矢羽を使わずに告げる伊作に背を向けると文次郎はそのまま保健室を飛び出した。 「文次郎!痒み止めはー!?」 「そんなもの気合いで何とかするわ!行くぞ!」 「えー!?私すごく痒いんだけど!」 小平太に続き保健室を出ようとした長次が足を止めて留三郎を見る。 「??…なんだよ」 長次は答えず、ふっと微笑むだけで保健室を飛び出していった。 「ん?文次郎にやけているのか?」 「にやけてなどないわバカタレ!」 顔を真っ赤に染めた文次郎は小平太から隠れるように片手で顔を覆い、叫んだ。 猫に蜜柑のかんみやさんから50,000hit祝いに頂きました。 毎度、かんみやさんの書く留三郎が物凄ぉくツボなのですが、今回も素晴らしい…! そして、照れもんじの可愛さプレイスレス。 周りも「お前等早く結婚しろよ…」と思っていることでしょう(^ω^) かんみやさん、ありがとう御座いました! ←get |