太陽の花 ※現パロ大学生 今日の天気予報は、曇り時々晴れ。 真夏らしからぬ、すっきりしない空模様。 しかし留三郎の心は、そんなものおかまいなしに浮き立っている。 なんせ今日は特別な日だから。 そう。 何を隠そう、本日は文次郎の誕生日。 留三郎はバイクのエンジンをふかしながら、一人決意に燃えていた。 「よっしゃ、今日は気合い入れていくぞ!」 この数ヶ月間、死に物狂いでバイトをし、なかなか予約が取れなくて有名な某ホテルの高級レストランを押さえた。 しかも夜景が見える窓際の席だ。 バイクの荷台に乗せた箱の中には、文次郎の為に見立てたスーツと靴。 そして文次郎の家に行く道中の花屋で、小輪の向日葵が沢山入った花束を買う(本当は真っ赤なバラを買おうとしたけれども、花屋の店員が向日葵を勧めて来たのでそれにした。その店員は花束を作りながら「アイツといい、この大学生といい、この手の顔の奴はバラを贈りたがるのか?」とか何とか独り言を言っていた)。 留三郎自身も飛び切りお洒落して、本日のコンセプトはズバリ『ゴージャス&ムーディー』。 レストランでの食事の後は最上階のラウンジでゆったり酒を嗜み、その後は、これまた予約済みの同じホテルのスウィートルームにチェックイン。 「……完璧だ。完璧過ぎるぞ、俺」 ちなみに文次郎には、これらの計画はまだ内緒。 これから行くとしか言っていない。 今から始まる甘い夜を想像して半笑いになりながら、留三郎はバイクのスロットルをフル回転させた。 *** 「…よし、変なところは無いな…」 バイクのミラーで身嗜みを確認した後、花束を抱えて文次郎のアパートの階段を登る。 留三郎は、高鳴る胸を抑えて玄関のチャイムを押した。 「はーい」 ガチャリとドアノブを回す音がして扉が開く。 「おー早かったな、留三ろ……」 留三郎の姿を見た文次郎は、驚いたように目を見開く。 「………っ!?」 が、留三郎も文次郎と全く同じリアクションで固まってしまった。 「「な、なんでお前…」」 文次郎は、タキシード姿の留三郎と、黄色が鮮やかな向日葵の花束に。 「「…そんな格好?」」 留三郎は、エプロン姿の文次郎と、ドアの隙間から流れてきた美味しそうな匂いに。 *** 促されて中に入ると、整えられたテーブルの上にガーリックトーストやシーザーサラダ、トマトソースのパスタや鶏肉の香草焼きなど数々の料理。 トーストが若干焦げすぎていたり鶏肉の形が微妙に崩れていたりしたが、中々の力作揃いだ。 ちらっとキッチンの方を見る。 ………後片付けが大変そうだな、こりゃ。 「これ、全部文次郎一人で作ったのか?」 「俺しかこの部屋にいないのに、他の誰が作るんだよ」 「珍しい。どういう風の吹きまわしなんだ?しかも今日はお前の誕生日なのに…」 「………たまには自分の誕生日に人を驚かせてみるのも面白いかな、と思って」 「あ、もしかして『留三郎の笑顔が一番の誕生日プレゼント』、なんちゃって?」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………アホか」 なんだ? ……なんだなんだ、今の長い長い間は。 絶対間髪入れずにツッコミがくると思っていたのに。 小さい声で呟いて後ろを向いてしまった文次郎は、エプロンを外そうとして、だけど紐がうまく外せなくてもがいている。 その姿から、文次郎の動揺がひしひしと伝わってきた。 「うわっ」 留三郎は腕に抱えていた花束ごと、後ろから文次郎を抱きしめる。 「誕生日おめでとう」 「…………ありがと」 文次郎は首をすくめて、くすぐったそうに笑った。 *** 「留三郎。その箱は何だ?」 「ああ、あれ文次郎の服」 「へ?」 「一緒に飯でも食べに行こうと思ってたんだ」 「もしかして、予約とか取っといてくれたのか?」 「まぁな」 その留三郎の言葉に、文次郎の顔が少し曇る。 「なんだ、早く言えよ。せっかくだから、お前が予約取ってくれた方に行こう。俺もどうせ食べるなら、美味いものの方が良いし…」 しかし留三郎は、そんな文次郎の言葉を遮り、さっさとイスに座った。 「やーだーよ!見せるだけ見せといて食べさせてくれないのか?俺、こっちがいい。レストランはまた今度で良いじゃん、キャンセルする。あのレストラン、俺のバイトの先輩が彼女と行ってみたいって言ってたから、今回はその先輩に行って貰えば良いし」 「いや、だけど…」 「滅多にない文次郎の手料理だぞ?みすみす逃してたまるか!」 留三郎は少し拗ねた振りをして、それから目一杯明るく笑いかけた。 それこそ文次郎が『留三郎の笑顔が一番の誕生日プレゼント』と思ってくれるような、そんな笑顔を浮かべて。 「あ!でも服は今着て!絶対文次郎に似合うから!なんなら目の前で着替えてくれていいぞ!はい、ストリップショースタートー!」 「ははっ、本当にアホだな、お前」 「でも好きだろ?」 「やかましい」 「とにかく早く着替えて、これ食べよう!文次郎の手料理ーッ!」 「んっとに、やかましい奴」 そう言った文次郎は、言葉とは裏腹の優しい笑顔を浮かべていた。 *** 二人でめかし込んでのホームパーティーは、これはこれで十分ゴージャス&ムーディーだ。 後片付けは二人でしよう。 ジャケットは脱いで、一緒にエプロンをつけて。 「あ。そういえば俺、ホテルのスィートルームも取ってたんだ」 「おま…っ」 「だってせっかくの誕生日だし?」 「ううむ……あまり乗り気じゃないが…飯食べたら行くか?」 「いいや、そっちも先輩に譲る」 「は?なんで?」 「確かにホテルのスィートルームは魅力的だけど、俺にとっちゃ、文次郎の部屋こそが極上のロイヤルスィートルー…」 「アホか!」 文次郎のキレの良いツッコミに苦笑しながら、留三郎は食器棚から二人分のグラスを取り出す。 「あ、留三郎。グラスはもう一個出してくれ。なるべく底の深い奴がいい」 「ん?いいけど、どうして?」 「お前が連れて来てくれた、こいつにも『家』が必要だろ?」 文次郎は腕に抱えた向日葵の花達に向かって、「な?」と微かに笑い掛けた。 ←main |