近距離恋愛のススメ ※愚者の巧名の雪壬様から頂物 ※現パロ 傾きかけた太陽が僅かに赤みを帯びて差す、放課後の教室。 俺は机に突っ伏して向かいに座る級友へと愚痴を零していた。 そうでもしなければ、到底やってられない気分だったのである。 「なぁ、伊作ー。彼女に…振られた」 「また?今月入ってもう三回目だよ」 我ながら情けない声で目の前の親友ともいえる級友に訴えると、呆れと憐れみのこもった視線を向けられた。 毎度のことではあるが、失恋した親友に対してその態度はどうなのか。 確かに何度も彼女をつくってはその都度一週間とたたずに振られる俺に呆れる気持ちはわからなくもないが、一応こっちは傷心中の身なのだから少しくらい慰めてくれても罰は当たらないと思う。 現に幼馴染みの文次郎は俺が振られて泣きつく度に呆れながらもちゃんと慰めてくれる。 仕方ない奴だと困ったような顔で笑いながら、よしよしと頭を撫でてくれるのだ。 そういう優しさが伊作には無いのだろうか。 「無いよ。っていうか、それならさっさと文次郎のとこへ行けばいいじゃない」 「今生徒会の仕事中なんだよ」 帰宅部で時々運動部や家庭科部の助っ人に駆り出されるか補習くらいしか放課後の予定がない俺とは違って、生徒会役員である文次郎は忙しいのだ。 「じゃあ先に帰ったら?」 「ふざけんな、文次郎を置いて帰れるわけねーだろ」 いつものように彼に慰めて貰わなければ傷付いた俺のハートはいつまでたっても回復しないし、それでなくとも生徒会の仕事で疲れている文次郎を一人で帰らせるのには不安があった。 通学路で人通りも多い道なので問題ないとは思うが、万が一不審者に遭遇したり度重なる疲労と寝不足が原因で倒れたりしないとも限らない。 そんな時に文次郎の側に居られなかったら、幼馴染みとして失格である。 それに、子どもの頃からの習慣で登下校は文次郎と一緒でないと何となく落ち着かないのだ。 昔から家が隣同士でいつも一緒に居たせいか今でも文次郎の側は俺にとって一番落ち着く場所なのである。 「それって、彼女が居る間はどうしてたの?」 「あ?もちろん文次郎と帰ってたけど」 「……彼女さんは?」 「知らね」 最近の女子は防犯対策バッチリだからたぶん大丈夫だろうと思って、文次郎との登下校を優先していた。 華やかで儚げな外見の下に驚くほどの狡猾さと強かさを隠し持つ彼女達よりも、頑健なようでいて意外と脆いところのある文次郎の方がよっぽど心配だったのだ。 あいつ、体調悪くてもすぐ我慢しようとするし。 「……君さ、彼女と文次郎どっちが大事なの」 「あ、それ元彼女達にも聞かれた」 呆れきった声で投げられた問いは、歴代の彼女達が必ずといっていいほど口にしていたものである。 しかも大抵の場合、この問いに答えた直後に振られるのだ。 俺は聞かれたことに正直に答えただけだというのに、女心というものは本当によくわからない。 「で、答えは?」 「文次郎」 決まってるじゃねーか。 俺が文次郎より優先しなければならない人間なんて、この世界に存在しない。 いつだって文次郎が最優先だ。 あの真面目で己に対してはどこまでも厳しい幼馴染みは、俺が守ってやりたいと思う。 胸を張って主張すれば、伊作は溜息を吐きながら呆れたような表情で投げやりな言葉を寄越した。 「そんなに好きなら、文次郎と付き合えばいいじゃない」 「え?」 「だって、彼女より優先するくらい好きなんだろ」 さもどうでもいいと言わんばかりの声音でぶつけられた言葉に、思わず思考が止まる。 確かに文次郎のことは誰よりも大切だしずっと側に居たいと思っているが、そういう意味で好きかと言われると、 ―え、あぁ…うん。 ――好きだ。 唐突に理解した自分の感情に思いの外すんなりと納得して思考が戻ってきた。 そうか、そうだったのか。 どうりで文次郎以外の人間にあまり興味が涌かないわけである。 それはたぶんずっと前、初めて彼と会った時から。 俺は文次郎に恋をしていた。 どうして歴代の彼女達を心から好きだと思えなかったのか、今ならわかる。 これまでずっと、そして今この瞬間も俺の初恋は持続中なのだ。 何で今まで気が付かなかったのだろう。 もし伊作の言葉がなかったら、俺はこれからも自分の気持ちに気付けないまま新しい彼女を作っては振られるという現在の状態を繰り返していたのかもしれない。 そう考えると、背筋に冷たいものが流れた。 伊作に感謝しなければ。 「伊作」 「ん?」 「ありがとな、助かった」 「は?いきなりどうしたの」 突然感謝の言葉を口にした俺に伊作はわけがわからないという表情で首を傾げるが、それに構っている暇はない。 文次郎が好きだと理解した途端、彼に逢いたくてたまらなくなったのだ。もはや一刻の時間でさえも惜しい。 すぐにでも文次郎の元へ駆け出してしまいたかった。 時計を見れば、タイミング良くそろそろ彼の仕事が終わる時間である。 いつもなら文次郎が教室へ来るのを待っているのだが、俺の心情的に今日はこれ以上待つことは出来そうにないので俺の方から迎えに行くことにした。 机の横に掛けてあった教科書の入っていない薄っぺらな自分の鞄を手に、席を立つ。 「じゃ、またな」 「え、ちょっと待ってよっ…留三郎ー!」 出口へ向かいがてら文次郎の教科書が詰まった重たい鞄も回収すると、伊作に一言声を掛けて教室を後にする。 背中にぶつけられる伊作の声に返事をする時間も惜しくて廊下に出た瞬間、生徒会室目指して駆け出した。 「文次郎!」 「留三郎?どうしたんだ」 2階にある教室から別棟の3階にある生徒会室の前まで来ると、タイミング良く扉が開いて人影が姿を現す。 出て来たのはもちろん文次郎である。 生徒会役員の中で、こんな時間まで居残りで仕事をするのは会計である文次郎くらいだ。 その証拠に文次郎越しに見えた生徒会室の中には今出て来た彼以外、誰も居なかった。 既に全員下校したのだろう。 生徒会室の窓から見える空は真っ赤に染まっている。 もう辺りが暗くなり始めるのも時間の問題だった。 「そろそろ終わる頃かと思って、迎えに来た」 「珍しいな。いつもなら教室で待っているのに」 「ちょっと、お前に話したいことがあって」 今日の分の仕事を終えて教室へ向かおうとしていた文次郎は、目の前に現れた俺に驚いた表情で問いを投げる。 それに軽い調子で答を返すと、今度は不思議そうに首を傾げて俺を見た。 その姿があまりにも可愛らしく思えて、思わず笑みが零れる。 文次郎のことはいつだって可愛いと思っていたが恋を自覚したからなのだろうか、今日感じたそれはいつものそれとは違ったもののように思えた。 「話したいこと?」 「おう、聞いてくれるか?」 「あぁ、構わないが」 いつもと変わらない調子で言ったつもりだったが、思いの外緊張しているらしい。 少し声に力が入ってしまった。 文次郎も怪訝そうな顔でこちらを見ている。 だがもうここまで来て後には引けないのはわかっているので、俺は文次郎をまっすぐ見据えて思いの丈を吐き出した。 文次郎に初めて会った時から燻らせていた、つい今しがた自覚したばかりのこの想いを。 「あのな、文次郎。――好きだ。」 「…は?」 「今日また彼女に振られて、伊作に愚痴りながら何でだろうって考えてたんだ」 「………。」 「そしたら、あいつに言われて気付いた。」 「俺の一番は子どもの頃からずっと、文次郎だけだったんだって」 「何で今まで気付かなかったのか自分でも不思議なくらい、ずっとお前が好きで」 「一緒に帰りたいとか、辛い時には慰めて欲しいとか、俺以外の奴に笑いかけて欲しくないとか、そんな風に思うのは全部お前だけなんだ」 一言好きだと言ってしまえば、後は素直な気持ちが勝手に口から零れ出ていく。 口にして初めて、自分がどれだけこの目の前の幼馴染みを想っているのかということを実感した。 俺はこんなにもこいつが好きなのに、今まで何をしていたのかと自分を責めたくなる。 本当に、気付けて良かった。 「なぁ、文次郎。俺、もう二度と彼女つくったりしないから、」 「これから先ずっとお前だけを見て、一生…いや死んでも側に居るって誓うから、」 「だから、俺と付き合って下さい」 伝えたいことを全て言い切ると同時に、目の前の文次郎に向けて手を差し出しながら深く頭を下げる。 断られたらと思うと、顔を上げることは出来なかった。 文次郎が俺のことをどう思っているのかは知らないが、少なくとも嫌われてはいないと思う。 でもだからといって、俺と同じ感情を俺に対して抱いてくれるとは限らない。 期待と不安が胸に渦巻いて、頭の中が真っ白になった。 頭を下げたままなので顔を見ることは出来ないが、目の前で文次郎が口を開く気配がする。 俺は緊張で身体が固まるのを感じながら、彼の答を待った。 「…ばかたれ」 「え?」 「俺も、お前が好きだ」 「――!!」 幾ばくかの沈黙の後に聞こえてきた彼の言葉に驚いて顔を上げると、顔を真っ赤にしてこちらを見つめる文次郎と目が合う。 その潤んだ大きな瞳と朱に染まる頬を見た瞬間、感極まって文次郎に勢い良く飛びついた。 そのままもう二度と離さないとばかりにしっかり抱き締める。 胸の中で燻っていた不安は跡形もなく消え去り、心がこれ以上ないほどの安堵と幸福感で満たされていくのを感じた。 「文次郎、待たせてごめん。―愛してる」 「ばかたれ…もう俺を置いて他の奴のところに行くな」 「もちろんだ、約束する」 ずっと自身の気持ちに気付くことが出来ず長い間待たせてしまったことを詫びれば、震える手で俺のシャツを握り締めながらか細い声でどこにも行くなと懇願されて彼を抱き締めている腕に力が込もる。 俺はその言葉に迷うことなく頷くと、約束の印に彼の額へ唇を落とした。 長いこと文次郎の気持ちも考えずに何度も彼女をつくって彼に辛い思いをさせていたことを思えば過去の己に殺意すら覚えるが、過ぎてしまったことは仕方がない。 今までの反省ともう二度と同じ過ちを犯さないという決意を胸に、これからは今までの分まで目一杯彼を愛して側に居続けようと誓う。 その誓いの意味を込めてもう一度愛してると彼の耳許で囁けば、くすぐったそうに微笑った文次郎が俺の耳許で返事を紡ぐ。 至近距離で小さく聞こえた「俺も愛してる」という言葉に零れ落ちるほどの愛しさを感じて、俺はもう一度彼の額に唇付けを落とした。 愚者の巧名の雪壬様から相互記念で頂きました! 「現パロで甘い話」をリクエストさせて頂いたのですが、まさか幼馴染&告白話の超私得コンボな話を頂けるとは…! 気持ちが通じるまで時間がかかった分、この二人はとても幸せになれそう(^^) 雪壬様、ありがとう御座いました! ←get |