急げ、明日になる前に




分かってる。
俺に呆れてるんだろ?
大した事じゃないのにって、面倒だなって思ってるんだろ?
俺がどんなにこの日を楽しみにしてたかなんて知りもしないで。

きっともうすぐキレるはず。
文次郎の溜息が多くなってるから。
俺が言葉を重ねるほど、目つきも段々険しくなってきて…

「もういい!」

ほら、思った通り。
立ち上がって廊下に出ていってしまった。

きっと、そのまま俺を置いて寝ちゃうんだ。
あまりにも予想通りで、また泣けてくる。
一人きりで泣くなんて侘しいから、必死で堪えてたら、

「ほら!」

思いがけず戻ってきた文次郎が乱暴に机を叩いた。

「…?」

目の前に突き出されたのは、文次郎愛用の小型水時計。
意味が分からなくて顔を見た。

「これで文句ねえだろっ!」

これでって…普通の水時計だけど。
でも、聞くと怒られそうなんでじっと見てみる。

水時計。
時間の経過と共に水が落ちて、水位があがる。
文次郎は水時計に文字盤を書いて、時間を確認している。
水がポタポタ、ポタポタと…あれ?

俺はあることに気付いた。
これって。
もしかして…時間が戻ってる?

この時間だったら、本来なら真ん中付近にあるはずの水位が、なぜか四分の一ほどしかない。
驚いて目で問い掛けると、

「溜まってた水を、少し捨てた」

そう言って文次郎は頷いた。

「だから時間、戻ったから」

俺は目を見開く。

「“今”、昨日の亥の刻だから」
「………」
「何だよ、その変な顔。どうせ時間なんて人間が勝手に決めたもんだろ?だったら俺が決めて何が悪いんだよ!?」
「……」
「悪いのか悪くないのか聞いてんだ、答えろ!」
「…悪くありません」
「こいつの所為で、お前にゴチャゴチャ言われるのはもうウンザリだ!」

ふん、と鼻鳴らして俺の横に座る文次郎。
二人して、それきり黙ってしまう。
文次郎はきっと眠いから。
俺の方は予想外の行動に面食らってしまって。



…なあ。

これがお前の不器用な優しさだって解釈は都合良すぎるのか?

怒鳴り散らすのは照れくさい証拠なんだって思っていいのか?

いつもいつも欲しい言葉とか態度とか全然くれない奴だけど。

たまに(本当にたまに)こんなことがあると、俺って単純だから、報われた気がしてしまうんだ。

“やっぱり好きだな”と、思ってしまうんだ。

そっと横顔を盗み見る。

すぐに気付かれて嫌な顔をされる。
 


「それで?」
「え?」

文次郎はイライラと言葉を繋げた。

「この後どうするんだよ!?」

目が据わり切ってる。
俺があんまりじっと見詰めるもんだから小首を傾げる。
それから急に顔を赤らめた。

ああ、思い出した?
俺が何しに来たのか。

そして気付いた?
自分が言った言葉の意味。

俺はにっこり微笑んだ。
立ち上がると、目に見えて怯んだ。
 
「留…」
「決まってるだろ?」

逃げられないように腕を掴み、引き気味の腰を抱き寄せた。
体温を感じるのが早いか、さっきまでの落ち込みは何処へやら。
もう文次郎に欲情している俺がいる。
貪るような口付けで思いを伝えると、震える息でポツリ呟いた。

「さっきまで泣いていたくせに…」

仰る通り。
幾つになってもこの手のことにはちっとも慣れない文次郎。
強張る身体を思い切り抱きしめて。
その耳に飛び切りの甘さを込めて囁いた。

「忘れられない誕生日にしてやるから…な?」



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