急げ、明日になる前に 「はい、もう一回」 頭上から響く“クセモノ”の声。 楽しそうに聞こえるのは気のせいか? 今日はこれで何回目? 地面に倒れ込んでいた俺は顔を上げ、涼しい顔を包帯で隠すその“クセモノ”を軽く睨みつけた。 「なんだい、食満くん?私がせっかく稽古を付けてあげてるのに、なぜそんな顔をするのかな?」 「…稽古を付けてくれるのはありがたい。でも、何でわざわざ今日なんだ?」 「偶々だよ、偶々」 フッと口元に笑みを浮かべる“クセモノ”に向かって、俺は軽く舌打ちをする。 「……じゃあ聞くがな。今の俺の術、何が悪かったんだ?稽古付けてくれてんだろ?教えてくれよ」 「なんだ、食満くん、自分で分からないの?」 「分からないから聞いてるんだ」 「そっか…分からないのか…じゃあ、まだまだ時間かかるなァ」 残念そうな、その溜息も嘘臭い。 絶対気付いているはずなのに。 俺がどんなに急いでるか分かってるはずなのに。 唇を噛み締める。 ニヤニヤ笑われて俯く。 思わず頭上を見上げる…星の位置から考えて………ああもう、時間がない。 すぐに明日になってしまうではないか。 我ながら子供っぽいとは思うが、少しばかり涙ぐんでしまうのを止められない。 俺は唇を強く噛んだ後、とりあえず大声で叫んだ。 「じゃあ!いいって言うまでやってやるよ!掛かって来い!!」 *** 結局“全然駄目だね”と“クセモノ”が言い出したのは、今日の残り時間があと半刻になってからだった。 “何か気になることでもあるの”なんて、白々しい台詞。 俺はニッコリ笑って口では「いや、別に」と言い、心の中で“クセモノ”の脳天に手刀をお見舞いした。 間に合うか? ギリギリだ。 俺は慌てて裏々山を飛び出…そうとしたら、行く手を遮られた。 …邪魔だ、この不運委員長ISAKU! 「っていうか、何でこんな所にお前がいるんだよ!?」 「留三郎を追ってきたんだ!」 「はあ!?何の用だよ!?」 「何って、この前の実習のレポート!今日まででしょう?」 「…へ?」 「留三郎にレポートの半分、任せたよね?」 「……えーっと」 「誤魔化さない!あんなに口酸っぱくして言ったのに…まだ出来てないんだね?」 伊作の、呆れたような溜息。 そう言えばそんな事言ってたような気もするが…。 「でも、レポートの締め切りは俺たちが自分で決めただけだし…」 「うん、そうだね。僕達はいつも締め切り直前になって慌てるから、今回は少し余裕を持って自分達で締め切りを定めたんだよ」 「じゃあ、別に今日出さなくたって間に合うだろ?明日にでも、ちゃんとやるからさ」 「駄目!ちゃんと締め切りは守って!今回は誓ったじゃない!『脱・アホのは組』って!」 俺の同室は、高らかに宣言した。 「僕も付き合ってあげるから今日中に、ね?」 「あのさ、俺ちょっと急いでるん」 「なら、文次郎みたいに早くレポートを書き上げれば良かったじゃないか!」 「……」 「締め切り忘れた上に用事あるとか、通らないんじゃない?」 「……」 「とにかく今回は自業自得だと思って、明日には提出出来るように…」 「渡す」 「は?」 「今すぐ・ソコを・退かないと・そこに隠れてお前を狙っている“クセモノ”に・お前を・渡す」 ぽかんと俺を見詰める瞳。 棒立ちで尚も邪魔。 流石、俺の同室。 俺と同じで呑み込みが悪い。 「よし、じゃあ…」 手を伸ばすと、後ろの木まで飛び退く伊作。 「え、いや、ここ雑伊サイトじゃないから!」 「だが需要はある」 「そうだよ、伊作くん」 突然の声に振り向くと、そこには木の上で隠れていたはずの“クセモノ”の姿。 伊作は青ざめた顔で俺の一瞥したあと、猛スピードで裏々山を駆け下りていった。 「……伊作くん…」 残念そうな顔を見せる“クセモノ”に少し同情しつつ、俺も裏々山をに後にした。 *** 本日の残り時間。 あと、四半刻。 俺は走りながら空を見上げ、星の位置を確認してホッと一息ついた。 ここから忍術学園までは、あと僅か。 ああ良かった、何とかギリギリ間に合いそうだ。 安心の余り、またも涙ぐみそうになる。 本当に俺って感じやすいお年頃。 いや、年頃の問題じゃないか。 裏山のてっぺんまで来ると、眼下に広がる田園地帯の先に学園の敷地が小さく見える。 俺は一つ、口笛を吹いた。 大丈夫。間に合う。大丈夫。 時間オッケー、プレゼントもオッケー、体調万全、心の中では粋なバックミュージックまで流れている。 「よぉし、待ってろよ!」 俺は上機嫌で、裏山の坂を駆け下りた。 next→ |