Look at meeeee!!
猫に蜜柑のかんみや様から頂物
※文次郎:大学二年生、留三郎:高校一年生



「ーーーーーーーーーーあ」

雨。

授業そっちのけで恋人のことばかり考えていた留三郎は目を見開き、頭を上げた。そこを狙って打ち込まれた白チョークに額を狙撃されて仰け反り、今日初めて黒板を見る。

「留三郎、授業に集中しなさい!」

「す、すみません」

慌てて教科書を開くも強くなる雨音を耳が捉えてしまう。

文次郎は傘を持ってきただろうか。

たしか今日は文次郎のサークル活動がある筈だから、留三郎の方が早く帰る日だ。

(……行ってみようかな)

土井先生の声を聞き流しながら、窓から見えるキャンパスをそっと見遣った。


***


「………うーん」

勢いで来たはいいが、玄関に足を踏み入れる前に立ち止まってしまった。

高校以上に人の多いキャンパス。まず、広い。そしてでかい。
人の波に息を呑む。

(なんだこれ…イケると思ってたのに、なぜか今すごく心細い!)

下手に飛び込むと迷ってしまいそうなその場に、留三郎は気圧されてしまっていた。

「参ったな…」

「おい見ろ、高校生だぞもんじ!見学かな?」

「モソ…オープンキャンパスはまだ先の筈だ…」

後ろから聞こえてきた会話にそろそろと振り返ると、ひとつの傘に三人ほど詰まっている男子学生の姿が見えた。その一番左端にいるほとんど濡れてしまっている青年。

「っも、もんじろお〜!!」

「留三郎っ!?」

知っている人を見つけて気が緩んだのが半分、愛しい恋人を前にして嬉しいのが半分。
留三郎は傘を投げ捨てて文次郎に抱きついていた。

慌てたのは文次郎の方である。

「なっ、ちょ、バカタレ!制服!俺今濡れてるから!汚れるだろ!抱きつくな離れろ!留三郎!!」

何とか留三郎を腰につけたまま、哀れにも投げ捨てられた傘を拾い上げる。運良くひっくり返っていなかった傘をさすと改めて留三郎を見下ろしてため息を吐く。

「あーあ、制服びしょ濡れだぞ」

「うげ、ホントだ」

「お前どうしたんだ?大学に用でもあったのか?長次の言った通りオープンキャンパスはまだ先だし」

「うん…いや、雨、降ってたから」

「ああ、そうだな」

留三郎は顔を文次郎の腹に埋めたままもごもごと呟く。

「…文次郎、傘持って来たか気になって」

「ーーーーーーーーーー……」

文次郎が息を吐き、手が留三郎を撫でた。

「…持って来てない」

留三郎の耳が小さな呟きを拾い、顔を上げる。

「だから、サークルが終わるまで待ってろ。おばさんへの連絡は俺からしておく」

「お、おう!」

このとき、文次郎は重大なことを忘れていた。さっきまで一緒に傘に入っていた友人たちがすぐ隣にいたということを。

「私たちおいてけぼりだな!」

「モソ…」

***

「もんじろー、制服びしょびしょ」

「自業自得だバカタレ。俺のジャージ貸してやるからそれ着てろ。制服はハンガーに掛けておけ」

「おー」

「もんじー、私もびしょびしょ」

「お前は自分で何とかしろ」

小平太がちぇー、と唇を尖らせる。

「ああそうだ、タオル…わぷっ」

ばさっ、と文次郎の後頭部からバスタオルが被さった。と、タオルがずれて顔が出たかと思うとそのまま背後からわしわしと頭をかき乱すように拭かれる。

「いだだだだ痛てぇ!髪抜ける!つか禿げる!」

「どうした文次郎、長次から傘を借りていったんじゃなかったのか」

「仙蔵か!お前仙蔵だろ!痛てぇ離せ!」

文次郎の前方から姿を現したのは短めに揃えている黒い髪が印象的な顔立ちの整っている青年だった。黒髪と対照的に白い肌は、彼の美しさをより一層際立たせている。

「仙ちゃん私も!私も拭いて!」

仙蔵は面倒臭そうに小平太を見、その陰にいる留三郎に視線を移した。

「…おい小平太、そこの小さいのは何だ?」

小さい、という言葉にムッとして(因みに先日身長を測ってみたところ169cmだった)言い返しかけたとき、小平太にバチンと背を叩かれて噎せてしまった。

「こいつか!?こいつはなー……誰だっけ?」

「文次郎。犬猫と違うんだ、あまり小さいのを拾ってくるんじゃないぞ」

「ああ、いや、こいつは…」

(俺のこと、何て言うんだろう?)

「俺のアパートの近くに住むガキだ」

留三郎はガクリと肩を落とした。

恋人と言われないことは予想していたが、それではまるで赤の他人ではないか。
ひどい、あんまりだ。

「フン、赤の他人か。文次郎の弟にしては顔の出来がいいというか全く違うと思った」

「何気に失礼だな」

「お前に尽くす礼儀など無いからな」

そう言って彼が文次郎に向けた笑みは言葉とは裏腹にどこまでも優しく艶やかなものだった。

「そういえば長次はどうした?」

「玄関先で一旦別れた。図書館に新しく本が入ったから、その点検に行ったんだろ」

「ああ、いたいた。潮江君」

涼しげな声に目を向ければ切れ長の爽やかな青年が駆け寄ってきたのが見えた。

「利吉さん!」

利吉の爽やかな笑顔にキラキラとした視線を向け、はにかんだ笑みを見せた文次郎に留三郎の胸がざわついた。

「これ、この間言っていた資料。これでいいかな」

「あっ…ありがとうございます!これで論文を進めることができます!」

「潮江君は頑張っているからね。私も応援のし甲斐があるよ」

留三郎は未だかつて見たことの無い彼の表情があることに少なからずショックを受けていた。
己でさえ見たことの無い表情を、自分の知らない男の前に晒していたなんて。

「も、もんじろ…」

「なははー!もんじ、恋する乙女みたいな顔して可愛いぞ!」

その言葉に文次郎が眉を潜める。

「小平太、誰が乙女だ!」

「私も、文次郎君は可愛いと思うけどなぁ」

絡みつくように腕を文次郎の肩に回したのは眼帯と包帯の目立つ男。薄気味悪い笑みと馴れ馴れしく回している彼の腕が留三郎の神経をチリチリと逆撫でした。

「気安く触んな、不審者」

「酷いなぁ。君たちにバレーの指導をしたのは誰だい?」

文次郎に払い落とされた腕をさすりながら言う男を文次郎がぎろりと睨み付ける。

「代理で来た一回だけだろうが。随分と恩着せがましい奴だな」

「恩師は恩師だろう?どうだい、今度一緒に」

「飲まないんでさっさと帰れ」

「年寄りの頼みくらい聞いてくれたって罰は当たらないよ」

「しつこい!」

「私の後輩に、妙なちょっかいを出さないでいただきたい」

文次郎の前に利吉が割って入り、男に爽やかな笑みを向けた。
しかしその笑みに反して切れ長の目は冷たい光を放っている。

「…と、いうより早々にこの敷地内から出ていっていただきたい。いい加減通報しますよ?」

「…へえ?」

男は片方だけの目を細めると利吉に人好きのする笑みを浮かべた。

「やだなぁ、私は彼の恩師だってば」

「はっはっはっ、どうだか」

表面的には穏やかな笑みを交わしての会話だが、そこに青白い火花が散って見えるのは気のせいではない。

「とにかく、潮江君につきまとわないで下さい」

「う〜ん、別に彼は君のじゃないよね?」

「あなたにちょっかいを出されているのを見ると不愉快だ」

「なに、君、彼が欲しいの?」

「ふざけたことを!」

「あ、そ〜ぉ?じゃあ、私が貰っちゃおうかな〜」

男が文次郎の腕を取ろうとした途端、その腕を奪うように留三郎が文次郎に抱きついた。

「文次郎は!誰にも、やらん!」

我慢の限界に達した留三郎が思わず叫んでその場にいた全員の視線を集めてしまい、我に返ったそのときだ。

「雑渡さん!やっぱりここにいたんですか!」

「あれ、伊作くん」

「困りますよ、勝手にうろつかれたら!」

いつになく怒っている伊作に雑渡は唇を尖らせて反論する。

「なんだい、君まで私が悪いみたいに…」

「僕はあなたが遊んでいる間に、いろんな不運に遭いながら探していたんですがね?」

雑渡に周囲の目が突き刺さる。

「…せっかく探しに来て貰ったし私は保健室でお菓子でもつまんでいようかな。馬に蹴られるのも割に合わないし」

ボロボロの伊作の腰に手を回し

「君も気をつけたらいい」

「…余計なお世話です」

男は眉を潜める利吉を満足そうに見ると文次郎に微笑みかけた。

「またね、文次郎君。今度一緒に飲みたいな」

「誰が行かせるか!」

留三郎が吠え、二人の姿が構内の人混みに消えた頃、利吉が文次郎の髪を掻き回した。

「わっ?」

「…じゃ、私もここで。君たちも勉強頑張って」

「は、はい。ありがとうございました!」

手を挙げて立ち去っていく利吉にきっちりと礼をした文次郎を仙蔵がひっぱたいた。

「っ痛ぇ!!」

「すまんな。あまりにキモンジだったものだから、手が勝手に」

「誰がキモンジだ!」

仙蔵に食って掛かろうとするが、ぐい、と文次郎の体が後ろに引かれて振り返ると留三郎が文次郎の腕を引いていた。

「と、留三郎?」

「…」

文次郎は仙蔵と目配せをし、頷くと小平太を手招きした。

「留三郎、着替えに行くぞ」

文次郎が頭を撫でてやれば留三郎は小さく頷いた。



***





「じゃ、私は先に行ってるぞ!」

「ああ」

小平太がロッカールームから飛び出していくと一気に室内に沈黙が降りた。

「悪い…時間取らせた。寒かっただろう」

「や、別に大丈夫…」

水を吸って重くなった制服を脱ぐと張りついたワイシャツが冷えて一気に寒くなる。
文次郎の方を見ると、先程まで着ていたTシャツを脱いで洗濯機に入れているところだった。
背中から少しだけ浮いた肩甲骨に心臓が跳ねる。
気づいたのか振り返った文次郎と視線がぶつかり、水を滴らせている上着を持ったまま硬直した。

「…どうした?早く着替えろ」

「お…っ、おうっ!?」

見慣れている筈なのに頬が熱い。いつもと違うからだろうか、自分がこっそり背中につけた赤い跡にさえ赤面してしまう。

「ワイシャツは洗うから、こっち寄越せ」

「へ、」

「明日渡す」

「あ、あー…いやでも、」

「うだうだ言うな、風邪引くよかマシだろ」

無理矢理引き寄せられ、膝立ちになった文次郎が濡れて外しにくいボタンを器用に外していく。

「ーーーーーーーどうした、今日は妙に静かだな」

「ん…いや、別に」

ボタンを外す手が止まり、文次郎が俺を見上げる。

「留」

「………」

何を隠してもすぐに見破ってしまいそうな真っ直ぐな目。

隠し通せる気がしなかった。

「ほんとに、大学生、なんだなぁ…って、思った」

文次郎は大学生で、自分は高校生で。その間に開いた距離には誰だって入り込むことが出来るのだ。

「俺も文次郎と同い年が良かった」

「急に何を」

「年下だと、色々不利だ」

「何だよそれ」

「……他の奴らに勝てないだろ…」

「勝つって…例えば?」

「黒髪サラストのあいつ」

「仙蔵か。勝つも何も、あいつはただの親友だ」

「わかんねーよ。文次郎鈍感だし。包帯男なんて、完全に狙ってただろ」

「雑渡さんか?あの人はただ俺をからかって遊んでんだよ」

「あの爽やか先輩には俺に向けたこと無いキラキラした目とか笑顔を向けちゃうし」

「ばっ、り、利吉さんは単に先輩だろうが!そもそも今の奴ら全員男だろ!」

「そうだよ。でも、」


俺だけ見ていて欲しい。


吐き出した言葉に怒られるかと首を竦めたが、なかなか彼の雷は落ちてこなかった。

「……お前って奴は…バカタレ」

予想外にもこぼれた文次郎の笑顔に見惚れていると、唇に柔らかく温かい感触がした。

「…ワイシャツ、明日返すから…また来い」

「……い、いいのか?」

「ああ。最初は驚いたが…その、今日は…来てくれて嬉しかった」

照れくさそうに、しかし嬉しそうに頬を染めた、その表情。

(…俺ばっかりじゃないんだ…)

途端に全身を包む幸福感に頬が緩んだ。

「文次郎…」

上半身に何も纏わぬまま抱き締めれば、同じように何も着ていない文次郎の上半身と肌が重なる。

温かい。

感じるままにそう呟けば、「お前は冷たい」と笑って返される。

「すっかり冷えちまったな。俺のシャツ貸してやるから、少し離れろ」

「やだ。このまま温めてもらう」

「お前な…」

苦笑を漏らす文次郎をさらにぎゅうと抱き締めるとさすがに苦しいのか耳元で呻く声が聞こえた。

「留三郎、苦しい」

「文次郎、好き」

「お前、何を…っ痛」

喉に噛みつき、顎に強く吸い付く。するとさすがに驚いたのか無理矢理引き剥がされてしまった。

「おま…っ、バっ、カタレ!」

「文次郎が俺以外に無防備にしてるから、お仕置き」

顎と喉の境に色濃く残った鬱血は陰になって見えにくいが、文次郎より背の低い留三郎からはよく見える。

「ちょ、調子に乗るな!」

「乗らせたのは文次郎だろ」

身を乗り出せば同じ分だけ引こうとする文次郎だだったが、後ろにあるロッカーに阻まれ逃げ場を無くす。

「文次郎…」

顎を掴まえ、唇にキスを落とそうとしたその時。


「文次郎!ミーティング始まる…」

いつまでもやってこない文次郎を呼ぶべくロッカールームのドアを開けた仙蔵は訝しげに眉を潜めた。

「お、おう!今行く!」

「ーーーーーーーお前ら、何している?」

仙蔵が見たのは文次郎が留三郎の頭にシャツを被せている光景だった。ボタンを留めた状態で畳んであったものを慌てて被せたものだから襟を頭が通らずムゥムゥと苦しげに呻いている。

「見ての通り、シャツを着せてやってるんだよ!こいつ、恐ろしいほどに不器用だからな!しかし頭が入らなくて苦戦していたんだわはははは」

「………襟の、ボタンを外せばいいんじゃないか?」

「そうだな!すまん!俺もすぐに行くから!先に始めててくれ!」

「…あ、あぁ」

ドアが閉まり、素早く上着を着た文次郎は留三郎に被せたシャツの襟にあるボタンをいくつか外した。

「ぶはぁっ!いきなり何すんっ」

文句を言おうとした留三郎の口を自分の唇で塞ぎ、最後にペロリとひと舐めして文次郎が頭を撫でる。

「…今はこれで我慢しろ」

恥ずかしそうに目を伏せた文次郎はバタバタとロッカールームから飛び出していった。

再び沈黙の降りた室内で留三郎がぺたんと座り込む。

「………これで我慢、って」

これは帰りに期待してもいいのだろうか。




外の雨音が力を増したような気がした。




猫に蜜柑のかんみや様から相互記念で頂きました。
嫉妬する高校生留かわえええ&モテモテもんじ、ご馳走様です!
そして利吉さんの登場に物凄くテンション上がりました…この総受は滾らざるを得ない…!<●><●>

かんみや様、ありがとう御座いました!





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