愛しい貴方に、愛の花束を。




俺は頬に当てていた手をゆっくりとずらし、親指で下唇をそっと撫でた。

「…っ」

そして文次郎の体が小さく震えたのが合図のように唇を重ね合わせる。



二人の距離なんて、なくなればいい。



その温度を、存在をもっと強く感じたくて。

何度も何度も角度を変えては口付けた。


文次郎の、俺の肩を押そうとした手をギュッと捕まえて。

腰に片手を回し、崩れそうな体を引き寄せながら甘く深く口付けを落としていく。

「ん…っ」

唇を緩く噛んでそっと離すと、潤んだ瞳が俺を睨み付けてきた。

それだけでもう、体中が文次郎を欲してしまう俺は相当重症なのかもしれない。

「…聞いてない」

「なにが?」

解放された手で俺の肩口の服をキュッと掴み、唇を少し尖らせて呟く。

「なにがってお前、」

俺は文次郎が言い掛けたところを奪うようにして、もう一度唇を重ね合わせた。

「っ…ちょっと待てって!」

「うん?」

「や、…そんな可愛く首を傾げられても」

さっきまで睨んでたクセに、今度は可笑しそうに笑う仕草が堪らない。


あぁ、もう、全てが愛しい。



とか思った矢先、

「まずはちょっと離れてくれ」

え?

「ご、ごめん…嫌だった?」

どうしよう。
俺、勘違いした?
もしかして文次郎の言う好きは、俺の言う好きとは違かったのか?

焦って体を離したら、今度は文次郎が慌てたように俺の腕を掴んだ。

「違うって!いや、あのな、多分お前勘違いしてるだろっ?」

ああそうとも、しているかもしれない。
それこそ、取り返しのつかない程の大きな勘違いを!


「だから…うー、」

すると文次郎は眉間に皺を寄せ、なにかを考えてから、掴んでいた俺の腕を引っ張って、ほんの少し背伸びして。


「…もんじ、」




キスをしてくれた。




驚いて見つめた先には、真っ赤になって俯く文次郎がいて。

それでも俺の腕を離す素振りは見せなかった。


「あの…俺、勘違いした!って焦ったんだけど…それって間違い?」

「…間違い」

「でも今“離れてくれ”って」

言っただろ?

「それは、あれだよ…お前の、その、キスが……」

「が?」

「…う、上手すぎっつうか…気持ち良すぎ…つうか」

「……」

「腰の力も抜けてきて、こりゃヤバい、と」

「……」

「とりあえず、ちょっとタンマ、と…」

「……」

「…だから嫌とかじゃなくて、なんと言うか…一時休戦というか、」

「……」

「……な?」



……ごめん、文次郎。


「ばっ、だからヤバいって言ってんだろ!」


もう知るか!

文次郎がストップかけたって、止めてやんないんだからな!


俺は今離したばかりの体を、思い切り抱き締めた。

腕の中で観念したかのようにおとなしくなった文次郎の髪に、軽くキスをする。

…ふわりと香る花の匂いに、頭がくらくらした。


「…言っただろ。俺、文次郎の事が大好きだって。文次郎がいてくれたら何もいらないって」

「ああ。覚えてるよ、ちゃんと」

文次郎はそう言うと、俺の背中に腕を回してギュッとしてくれた。

「…だから…文次郎にそんなふうにされたら幸せ過ぎて………泣きそう」

「お、お前は…本当に泣くなよ?」

「もう遅い…俺すでにちょっと涙目だし」

言った途端に文次郎が俺の顔を覗き込んで小さく笑った。

そして優しく指で目元を拭ってくれる。


「ありがとな」


と、微笑みながら。




「俺、文次郎が好きだ」

「ああ、知ってる」

「大好きだ」

「それも知ってる」

嗚呼、くすぐったい。

二人してくすくすと笑っていたら、文次郎が何かを思い出したような顔をした。

「あ、留三郎。せっかくだから、お前に二つ教えておいてやるよ。お前、最初俺に、真っ赤なバラをプレゼントしようとしたろ?あれの花言葉は、」

文次郎が、ニヤリと笑う。

「『私を射止めて』だ」

「!?」

な、何だその恥ずかしい花言葉は!?


「それから、もう一つ。以前お前に、俺から花をプレゼントしたことあったよな」

多分、俺達が始めて呑みに行った日の話だろう。
マーガレットに似た薄紫色の花を花束にして、文次郎は俺にくれた。

「あの花は、マーガレットと同じキク科の花で、孔雀草という名前の花だ」

「クジャクソウ?」

「花言葉は、」

文次郎は恥ずかしげな顔でふわりと笑って、俺の耳に触れるか触れないかの所まで唇を近づける。




「“一目惚れ”」




え?

え!?

えええええええええ!?

「ま、まさか、」

「ああ、そのまさかだ」

驚いて絶句しかけた俺の耳元に、吐息交じりのキスの感覚と、こんな言葉が振ってきた。





「先に惚れたのは、俺の方だよ」


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