愛しい貴方に、愛の花束を。




「あちちっ…」

いつもの店でいつものブレンドをテイクアウトして、文次郎のもとへと急ぐ。

今日はいつもより空気が生温くて、季節が巡っている事を実感する。

でも花屋の明かりを見て、心がすっと軽くなるんだから不思議。

まぁ、それが『恋している』って事なんだよな。

「こんばんはー」

ドアを開けてカウンターへと足を運ぶ。

小さな店だから、すぐに文次郎の姿が見えて。


…ん?


その隣に学ラン姿の高校生が立っていた。

すごく楽しそうに笑う文次郎とその高校生は、俺に気付いてこっちを向いた。

俺は大好きなはずの文次郎の笑顔に胸がズキリとして戸惑う。



…そんな顔、俺以外に見せるなよ。


「おぅ。遅かったな」

「…あ、ああ。いつもの電車に乗れなかったから」

言いながら文次郎の横に立つ高校生に目を向けると、彼は俺に微笑みかけながら軽く頭を下げた。

「はじめまして、加藤団蔵と言います。あなたが食満さんですか?」

「え?…ああ、はじめまして」


…っていうか、誰これ?

文次郎と親しげに話なんかちゃって。


「留三郎、こいつ、ここのオーナーの息子」

訝しげに思ったのが顔に出たのか、文次郎がそう言いながら横の…オーナーの息子を見て笑った。

「何でか俺のいる時ばっかり遊びに来やがって…高校生は早く家に帰れ」

「いやー、部活が長引いちゃって。本当はいつもみたいに早く来たかったんですよ?」

「部活にしては遅すぎないか?…お前、まさかまた赤点取って補習なんじゃ…」

「さすが先輩、僕のこと良く分かってる!」

「バカタレ喜ぶな!」


弾む会話。

完璧に置いてきぼりな俺。

というか、二人の雰囲気が“気心知れてます”って感じがしておもしろくない。

文次郎の、俺が知らない部分がまだまだたくさんあるんだって言われてるようで。

その部分を、このオーナーの息子は知ってるんだって言われてるようで。


「…留三郎?おい、どこ行くんだよ」

背中を向けた俺に、文次郎が慌てて声を掛ける。

「今日は帰るな。………お邪魔みたいだし」

「ちょっ、何言って…」

「これ、二人で飲んで」

「…おいっ」

持っていたコーヒーを乱暴に差し出し、軽く頭を下げてから俺は店を後にした。
体に巻き付く生温い風に、無性に苛々する。
俺はズボンのポケットに手を突っ込むと急ぎ足で家への道を歩いた。

とにかく二人から、少しでも早く遠去かりたかった。

俺以外に、あんなふうに笑う文次郎を見たくはなかったんだ。



いつのまにか出ていた月が、そんな俺を冷たく照らしていた。


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