愛しい貴方に、愛の花束を。




あれから一ヵ月。


「お邪魔しまーす」

「ああ、留三郎か。入れ」

閉店している花屋のドアを開けて中に入ると、文次郎が黙々と花束を作っていた。

「お疲れ様。どうしたんだ?注文?」

俺はそれを覗き込んでから手にしていたテイクアウトのコーヒーを机の上に置く。

文次郎の手元を見ると、一ヵ月前俺が文次郎にプレゼントしたマーガレットに似た薄紫色の花が、何本も束ねられている。

「いや、この花はもう売れないからな。でも処分するだけなんて可哀相だろ?こんな綺麗に咲いてるのに」

愛おしい、と言わんばかりの顔で花束を作り上げていく姿を見て、俺はまたこの人のことが好きになる。


この一ヵ月、文次郎への想いは増すばかりだ。


そう、あの夜。

俺の気持ちを真剣に聞いてくれた文次郎は、照れたような困ったような笑顔を見せた。

『俺は正直、お前を知ったばかりで今はまだ何も言えない。……でも』

それから小さく頷いて、

『ありがとな』

と、俺の差し出した花束を受け取ってくれた。


それから時々、文次郎は閉店後の店で俺を待っていてくれるようになった。
俺は駅前のコーヒーショップでブレンドをふたつテイクアウトして文次郎の元へと急ぐ。
そしてコーヒーと花の匂いが立ち込める店の中、互いの事や今日あった事なんかを話して帰った。

一番驚いたのは、文次郎が俺と同い年だってこと(年上だと思ってた、と言ったら軽く殴られた)。

一番嬉しかったのは、『同い年なんだから敬語はやめろ。“さん付け”もよせ。…何?俺の事を名前で呼びたい?…まぁ、別に構わないが…』と言ってくれたこと。

そして、俺の事を『留三郎』と呼んでくれるようになったこと。



本当はもっと文次郎といたい。

もっと色々な顔を見てみたい。

けれど、そう思っているのはやっぱり俺だけなんだろうか?

「おい、何ボーッとしてんだ?」

「えっ?いや、なんでもない。それよりコーヒー冷めちゃうから、飲もうか」

カップを手渡すと、文次郎が片手でそれを受け取る。

「お、ありがと。…なぁ、コーヒーもいいけど、ちょっと呑みたくないか?」

「呑み…たいけど明日は土曜だぞ?呑んだら仕事きついんじゃね?」

そう。
会社勤めの俺は週末休みで、花屋の文次郎は平日休みだ。

だからこそ、こうして夜に会ってるんだけど。

「明日は休みもらった」

………。

「…ええっ!?」

驚いた俺を見て文次郎が笑うから、慌てて前にした会話を思い出す。

「だって土日は休み難しいって言ってた!」

「いや、そうなんだけど。オーナーが週末店に出るって電話してきたからな。それならたまには休みが欲しいって頼んだわけだ」

コーヒーを飲みながら、文次郎は事もなげに言うけれど。


…やばい…嬉しすぎる。


「あ、でも留三郎に用事あるなら、」

「ないっ!!あっても空ける!」

言い切った俺に文次郎はまた笑って、さっき作っていた花束を差し出してきた。

「なに?」

「やるよ、お前に」


……っ!?


「なんだよ、いらないのか?そりゃまぁ残り物で作ったやつだけどな、」


だって、そんな事して…これ以上好きになったら俺、止められない…


「これでもお前の事を想いながら作ったんだぞ?」


………あぁ、もうっ!!


「ちょっ…留三郎?」


堪らず抱き締めた体は、驚くほどピッタリと腕の中に納まった。
俺は初めて直に感じる文次郎の体温に涙が出そうになる。

「好き…文次郎が大好き。文次郎がいてくれたら何もいらない」

なあ、嘘じゃないんだぞ?

あの日、好きだと言った時とは比べものにならないくらい、俺はお前に夢中なんだから。

「バカ…吃驚するだろ」

腕の中で文次郎が擽ったそうに笑った。

俺はその体を更に強く抱き締める。


背中には、伸ばされた腕の確かなぬくもりを感じていた。


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