文月の空は泣き出すのか




 その先が屋根に届く程の笹を食堂外の柱に括りつけながら、ふと見上げた空は快晴。今日は素晴らしい七夕日和である。

「「「食満せんぱ〜い!」」」
「おお、しんべヱ、喜三太、平太!」

 三年生の富松作兵衛と共に、笹の設置作業をしていた留三郎の許へ、用具委員会の一年生達がやってきた。今日は七夕ということで、今まで食堂内に設置していた笹を外に移していたのである。
 この笹は用具委員会の一年生たちが「七夕飾りがしたいです〜」と言ったため、数日前に留三郎が裏々山から取ってきたものだ。面倒見が良い留三郎は、可愛い下級生の頼みとあらば造作無しと、特段大きな笹を選んで持ち帰ってきた。
 持ち帰られた笹は三人の一年生達によって飾り付けられた後、用具倉庫内にひっそりと飾られたのだが、それを聞きつけた他の一年生達が「僕達も短冊吊るしたいです!」と申し出てきた。

 こうして、留三郎の取ってきた笹は、学園中の忍たまが願いを込めた短冊で、その全身を飾ることになったのである。




「さっすが、食満せんぱい!七夕当日になって外に出すなんて、センスあるぅ!」
「見て見て、僕の願い事、これだよ〜」
「……僕のは…これ」

 笹を設置し終えると、一年生の三人がキャイキャイと笹に群がる。その様子に目を細める留三郎を見て、作兵衛は「あぁ、おれは用具委員で良かった」としみじみ感じていた。
 他の委員会に所属する神崎左門や次屋三之助は、委員長がギンギン、若しくはいけいけどんどんしているせいで、非常に大変な思いをしている事は知っている。別に他の委員長の悪口を言うわけではないが、作兵衛は留三郎を、強く、優しく、頼りがいのある先輩だと常々思っていた。

 つまり、作兵衛は留三郎の人柄を純粋に慕い、そして、尊敬しているのである。




「あ!もうこんな時間!早く行かなきゃご飯無くなっちゃう!」
「ん?あぁ、本当だ。お前達、手は洗ってから飯食えよ」
「「「は〜い、分かりました〜」」」

 バタバタと嵐のように去っていく一年生を見送った後、留三郎は「作兵衛、お前も飯の時間じゃないのか?」と言いながら作兵衛の方に視線を遣した。

「後の片付けは俺がやっとくから、もう引き上げていいぞ。お疲れ様」

 あぁ、この人は何て人間の出来た人なんだろう。自分の中で、留三郎が勝手に美化されている事にも気付かずに、作兵衛は「食満先輩、一生付いていきます!」と心に誓ったのである。


***


「おい、留三郎」

 修繕の為、食堂の軒下に潜り込んでいた留三郎に声を掛けてきたのは、文次郎だった。

「こんな時間まで、何やってんだよ、お前」

 軒下から這い出て来た土まみれの留三郎を見て、文次郎は眉を潜める。

「いや、食堂のおばちゃんに『床が腐りかけてるから直して欲しい』って頼まれてな。…って、おい、今何時だ?」

 先程まで出ていた筈の太陽は、随分前に今日の仕事を終えたのだろう。食堂の窓から身を乗り出せば、空には天の川が流れているのが見えた。どうやら、作業に没頭しすぎて、時間が経つのを忘れていたようだ。
 そういえば腹も減っている。しかし、今日の夕食はもう残っていないだろう。やむを得ないので、保存しておいた干し飯でも食べるか。
 そう考えを巡らせていると、

「…ほらよ」

と、文次郎が投げるようにして何かを手渡してきた。
 手中に収まったそれを凝視しながら、留三郎の思考はしばし停止する。この竹包みは、まさか…。


「…別に、お前のためにわざわざ用意してやったんじゃねぇからな、余ったから作っただけだ、勘違いするなよ」


 早口で一気にそう言った文次郎は、ぷいっと横を向き、留三郎の視線を避けたが、留三郎はその横顔を更に凝視する。




 留三郎の持つ竹包みには、白い握り飯が三つ。




「文次…」
「だあああぁ!だから、余ったから作っただけだ!そんな目で見るな!」

 単に怒りから来るものなのか、はたまた照れているのか、こちらを向いた文次郎の顔は赤く色付いている。

「バカタレ、ニヤニヤするな!食わないならよこせ!俺が食う!」
「食います食います、もちろん有難く頂きます」

 そう言って、留三郎はまだ温かい、少し不恰好で大きいサイズの握り飯を一つ頬張り、

「旨いッ!」

と、満面の笑みを文次郎に向けた。

 そして、慌てたように再び横を向いた文次郎の「このバカタレ」という小さな呟きは、突然降り出した雨によって掻き消されたのである。


***


 翌日、折角の七夕の夜が雨になってしまった事を残念がる後輩達を前にして、留三郎は心の中で「ごめんな」と謝った。

 しかし、もしあの時、「手が土で汚れているから食べさせて欲しい」と文次郎に頼み、万が一その願いが叶えられたとしたら。





「台風並みの豪雨になってたかもな」





 そんなご都合主義の妄想をしていた等という事は、己を慕う可愛い後輩達には絶対の秘密だ。


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