愛しい貴方に、愛の花束を。




行ってきました。

やー、彼は手強かった。


***



待ちに待った休みの日。
よく晴れた空を見上げて大きく息を吸い込む。
少し緊張しているのが自分でもよく分かった。

家からの道、自分の影を追い越しながら。
あの人の事を想いながら歩く時間は悪くない。

いつからこんな気持ちになっていたんだろう。

ただ見かけるだけの人だったのに、今はこんなに恋しいなんて。


「…着いた」

運命の時が訪れました!
大げさに聞こえるかもしれないけれど、俺とあの人が“出会う”んだもんな。
このくらい言ってもいいんじゃないか?


店の中に彼の姿が見える。

黒いトレーナーに濃いベージュのエプロン。

包装用の紙だろうか。
無駄なく所定の場所(多分)に片付けている姿に胸が高鳴った。

俺は意を決して店内へと足を踏み入れる。

彼がゆっくりと視線をあげて、その大きな瞳に俺を写して微笑んだ。


「いらっしゃいませ」


俺はドキドキを押さえながら彼に近づき声をかけた。

「あのー、すいません。プレゼント用の花束を探してるんですけど…」

「プレゼントですか?どういう人への、どのようなプレゼントでしょうか?」

鋭い質問!

「いや、その、えっと…」

「ふーむ、なるほど…。その様子だと、好きな人にあげるんですね?ただのプレゼント?それとももっと大切なやつですか?」

「ま、まぁ、そんな感じです」

な、なんて積極的なんだ!
喋れてるのは嬉しいけど確実に相手のペースにはまってるぞ俺!
負けるな俺!

「いやぁ、あの〜…あのっ、そうだバラ!バラありますか?真っ赤な奴が良いです!」

よし!
やっと会話の主導権を握った!

と思ったのも束の間、俺の言葉に彼は眉間に皺を寄せた。

そして、

「…真っ赤なバラぁ?なんだそのセンス、ありえねえ!」

って、えぇー!?
客にありえないって言ったこの人!?

あぁ、それよりも俺は花束をあげたい意中の人にありえないって言われた!

ショックだ!



と、まぁ、一気にペースを乱された俺は結局花束も買えずに…むしろセンスなし男のイメージだけを彼に与えて退散したのだった。

で、今ショボショボと帰り道を歩いている、なんとも間抜けな俺。

「はぁ…」

出るのはため息ばかりだ。

「結構やるなぁ」

ポソリ呟いた声が空へと吸い込まれていく。

もう会わせる顔がない?
いやいや、このままじゃいけない!
俺はあの人とお近付きになりたいんだ!

あの人と…

「あっ」

なんて事だろう。
俺、あの人の名前さえ知らない…。

「最悪だ…」

立ちはだかる壁に泣きたくなって、俺は晴れ渡る空を見上げる事しか出来なかった。


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